39,秋薔薇の君8 ソフィアとビクター
「おはようございます。ビクター様…」
昨日兄が言った通り、本当に、ビクター様が迎えにきてくれた。
「おはよう。ソフィア。今日の服も良く似合っている」
「ありがとうございます。あの、兄がご無理を…」
悪役令嬢の皮が被れない。
いや、流石のソフィアもまさかお兄様が王子を連れてくるとは思わないわけで…!
「いや、夏前に出掛けたきり、外ではあまり会っていなかっただろう」
…これも、ゲームにはなかったことだ。
つまり、自由演技再び。
デートしてもしなくても、本編に関係ないのなら断りたい…。
そう弱気になりかけて、突然エリックの声が聞こえた気がした。
ソフィアだって、楽しんでいいんだ。
その声に押されて、目の前の美しい王子様を見る。
彼は目が合うと、優しく微笑んでくれた。
「その嬉しいです…わ」
「良かった。では、行こうか」
私は、ビクター様の腕に手を掛けた。
「どこか行きたい場所はあるだろうか」
冬の舞踏会に着ていくドレスの打ち合わせを終えて、ビクター様は言った。
「芝居はこの時間からだと難しいが…」
今はお昼を過ぎた頃。
思ったよりもドレスの打ち合わせに時間がかかってしまった。
うーん。
ここで解散はソフィアらしくない。
でも、行きたいところも特にない…。
「秋薔薇」
「え?」
「今は、秋薔薇が美しい季節のようだ。学校の庭園に多くの生徒が行くのを見る」
それは、おまじないのためですね。
でも、怖い婚約者がいるビクター様に、おまじないをする勇気のある女子生徒はいない。多分だけど、周りの男子生徒も教えてないのだろう。誰もが知る流行のおまじないを、ビクター様だけが知らないようだ。
「まぁ、それは見てみたいですわ」
と言うわけでビクター様と薔薇園に来た。
我が家にも薔薇園があるので、昨日のお兄様とのお茶会で長時間見てしまったけど。品種が違うので、また新鮮な気持ちで見ることが出来た。
「美しいな」
「そうですね」
お城にも薔薇がたくさん植えられているだろうに、ビクター様は初めて見たような顔をしていた。
本当に忙しいんだなぁ。
「ビクター様。わたくし、少し疲れました」
ちょうどいいところに、椅子とテーブルを見つけた。
「あぁ、少し休んで帰ろうか」
「はい」
うん。
これでビクター様も少しは休めるはず…。
「…ソフィア」
「はい?」
「すまないが、知り合いを見つけた。少し話があるから、ここで待っていてほしい」
だから、休んでって!
ここは、悪役令嬢の力の出しどころ!
私は瞬時に目を潤ませて、ビクター様を上目遣いで見る。
「わたくしを一人にするんですの?」
「…ほんの少しだけ」
…くっ。
いままでも、さんざんビクター様にはわがままを言ってきたので、全く効かなかった。
「すまない。すぐ戻る」
もう一度謝ると、ビクター様は足早に行ってしまった。
「…」
一応公爵令嬢なので、誘拐とかの心配はしなくちゃいけないから、ビクター様は護衛は置いて行ってくれた。
けど。だからこそ、ちょっと気まずい。
護衛さんは護衛に徹しているし、悪役令嬢としては護衛は空気と同じ感覚。
話しかけることはない。けど、することもないよ!
仕方なく、ぼんやりと薔薇を見ているときだった。
薔薇の茂みが、がさごそ動いた。
「誰だ」
護衛さんが私の前に立ち、誰何する。
茂みにいるであろう誰かは返事をしなかった。そのまま、がさごそという音がだんだん近づいてくる。
誘拐犯にしては無防備なその動きは、だからこそ不気味だった。
一体何が目的なのか、護衛さんが剣に手をかけたとき。
「ふぇぇん」
茂みから小さな男の子が出てきた。赤い巻き毛に、水色の瞳にはたくさんの涙を浮かべ、頼りない歩き方でよちよちこちらに歩いてくる。
「…こども?」
護衛さんは明らかに戸惑った表情になった。三頭身のこの子に危険性は皆無。
薔薇を一輪ぎゅっと持って見つめる先は、護衛するべき悪役令嬢。
…むしろ、悪役令嬢からこの幼児を守るべきでは?
そんな表情だ。
「…まぁ、迷子ね?」
護衛さんに私も同意する!
悪役令嬢ソフィアは、子供が大嫌い。
こんな涙でベタベタな顔の幼児は、避ける一択だ。
そっと抱き上げ、あやしてしまったりなんてしたら、今まで築き上げたソフィアのイメージが台無しだ。
お願いだから、護衛さん。この幼児を抱き上げて、保護者を探しに行って!!
「お母さまぁ」
切ない声で私に向かって幼児が言う。
「…」
突然、知り合いが誰もいない世界に一人来てしまった心細さは、分かる。
でも、ここでイメージを崩したら。
私は目をつぶって、ゲームのエンディングを思い浮かべた。
…ごめんね。
やっぱり私は君を助けられないや。
「あなた、この者を連れて行きなさい」
「はっ?」
私は護衛に命じた。
「薔薇園の責任者にでも、渡せばいいでしょう」
うるさいから、どこか遠くに連れて行け。
そんな冷ややかな表情に見えるように、私は迷子を見下ろした。
「ふぇぇ…」
悪役令嬢に睨まれ、迷子は大泣きする寸前。
「しかし、自分はビクター様にあなた様の護衛をするようにと、仰せつかりました。この場を離れるわけにはいきません」
私の命令よりも、ビクター様の命令が優先。それは、そうなんだけど、それだとこの子がなぁ…。
「わたくしは、ここから動かないわ。それなら、いいでしょう」
ビクター様もそんなに遠くには行ってないはず。この薔薇園内で危険はない。
「ですが…」
「いいから、行きなさい!」
私の怒鳴り声で、迷子はもう大泣きする体勢にはいった。
「ふぇ…っ」
「ま、待ってくれ!」
護衛さんはこれ以上悪役令嬢の機嫌を損ねないように、迷子を急いで抱き上げる。
「ふぇ…わっ…?」
…良かった。
背の高い護衛さんに抱き上げられて、驚いた迷子は泣くことを忘れたようだ。
「そのまま連れていきなさい」
だめ押しの一言。
護衛さんは何か言いたげにこちらを見たけど、私は折れるつもりはない。
見つめ合うこと数秒。
「…分かりました」
護衛さんは渋々胸ポケットから、細い金色の棒を取り出した。
その棒を口に咥えて息を吐くと、高音の音が出た。
笛だ!
楽器ではなく、合図として使う用っぽい。
多分、薔薇園の外で待機している他の護衛さんに合図を送ったのだろう。
「少々お待ちを」
丁寧だけど冷たい口調で言うと、護衛さんは背中を向けた。
多分その方向から、代わりの護衛さんが来るのだろうけど、護衛さんが背を向けたことで、だっこされている迷子と目があってしまった。
「! …っふぇ」
あぁぁ! 泣かないで!!
護衛さんもこちらを見ていないようだし、私は迷子に手を振った。
指を狐の形にして、左右に動かす。
「…?」
真ん丸い大きな瞳が、じっと手に集中している。
次は、両手を使って犬の形を作り出した。影絵でよく作るあれ。
「!」
くるくると変わる表情が可愛らしくて、私は知ってる限りの生き物の形を作った。
犬、鳥、かたつむり…。
「何をしている…?」
背後から声がした。
「ビクター様!!」
護衛さんがくるりと振り返り、迷子の顔が向こうに向く。…一瞬、私のほうに手を伸ばしてくれたみたいに見えた。楽しんでくれたようだ。
でも、これでおしまい。
私は、悪役令嬢の皮を被る。
「ずいぶんと、遅かったですわね」
軽くほほを膨らませて、上目遣い。
少し上着が乱れているので、多分早足で来てくれたんだろうな。
でも、そんな細かいことに気付くようなソフィアではないので、ただ、自分の不満をビクター様にぶつける。
護衛さんのいらっとした空気が伝わってきた!
「悪かった。埋め合わせはあとで。…それで、何があった?」
迷子を抱き上げたままの護衛さんに、ビクター様が聞いた。
「はい。迷子を保護しました。…交代を呼んだので、少々お待ちください」
「迷子…?」
ビクター様は迷子を見る。
なかなか身なりの整った子なので、多分、どこかの貴族の子だろう。
そもそも、ビクター様は王子の鑑。
困っているひとを放ってはおかないので、これでひと安心だ。
退屈そうな表情を保ちつつ、私はほっと息をついた。
迷子について二人が話していると、交代の護衛さんが来たようだ。
新しく来た護衛さんに迷子を預けようとして、…ギャン泣き。
「ふぇぇーん!」
「…そのまま、連れていったほうが良さそうだ」
ビクター様の指示で、最初の騎士さんが迷子を連れていくことになった。
「あぅ! あっ! わん!」
「うん?」
連れて行くとき、迷子がまた激しく動いた。まさか、まだ泣く?!
護衛さんもビクター様も、もちろん優しくて騎士の鏡のような人たちだけど、子どもの扱い方に慣れていない。
あやすことも忘れ、はりつめた空気のなか、迷子は私に手を伸ばした。
「えっ…?」
迷子はずっと片手で握っていたオレンジ色の薔薇を私に差し出してくれた。
思わず、その薔薇を掴む。
「ん!」
私が薔薇を持った瞬間、迷子は嬉しそうに笑った。




