4,五月のイベント
風薫る五月。
ゲームは日本で販売されたからか、気候もイベントごともほとんど日本と同じだった。
桜が咲いた入学式からオリエンテーションやクラスの親睦会を終え、授業や部活動など学生生活にも慣れてきた頃だ。
その日、クラスメイトと言う名の公爵令嬢の取り巻きの一人が言った。
「ソフィア様。裏庭の薔薇が美しいそうですわ。今日はそこでお茶を飲みません?」
あ、これイベントだ。
あの入学式以降、ティファニーちゃんは孤立している。
そしてその原因を作った私は、全くの知らん顔で、取り巻きたちと悪役令嬢らしく過ごしていた。
つまりはあまり勉強はせずに、お茶会ばかりを開いている。
話の内容は、誰かの噂話や悪口、たまに私の賛辞でたいして楽しい内容ではない。
「まぁ、それは素敵ね」
ビクター様に会えない。学校に通えば毎日会えると思っていたのに…。
以前そう溢したら、毎日のようにお茶会を開いてくれるようになってしまった。
もちろん、今の私の本心ではなく、今後のイベントの伏線だ。
五月の最初のイベントは、薔薇の関係するイベント。
クラスで孤立してしまったティファニーちゃんは、授業以外の時間に居場所がなくなってしまった。
教室にはいられないし、廊下にいるのも不自然。寮に戻ってしまうと、次の授業に間に合わない。
仕方なく校内を歩いていると、大きな荷物を持った生徒が困っているのを見つける。
優しいティファニーちゃんは、当然のように手伝ってあげるのだが、その生徒こそが生徒会副会長だった。
ティファニーちゃんの能力の高さに気づいた彼女は、常に人手不足な生徒会の仕事を手伝ってもらうことにする。
なしくずし的に生徒会準役員となったティファニーちゃん。
最初こそ戸惑いはしたものの、生徒会の仕事はやりがいがあって学校生活を楽しく過ごせるようになった。
ある日、偶然庭師のおじいさんから、剪定で切った薔薇を沢山もらったティファニーちゃんは、生徒会室に差し入れしようと考えた。
綺麗な花を見れば、忙しくてへとへとな心も少しは和むだろうという、ティファニーちゃんの優しさだった。
剪定しただけの薔薇だから、棘もあるし、開ききったものもある。
ティファニーちゃんは丁寧に薔薇を選り分け、綺麗に棘を取り除き、薔薇に負担がかからないようにと少し駆け足で生徒会室に向かう。
頭のなかは、生徒会室のどこに花瓶が保管されていたかで一杯だった。
みんなを和ませるためのものが負担になっては申し訳ないからと、みんなが来る前に前に終わらせようと考えてのこと。
だから、このときのティファニーちゃんは気付くのが遅かった。
取り巻きの子たちとあれこれ話しながら歩いていると、渡り廊下に差し掛かる。
向こうからティファニーちゃんが大きな包みを大事そうに抱えてやって来た。素早く、確認する。
うん。
やっぱり薔薇で間違いない。
悪役令嬢ソフィアのするべき反応を、私は頭のなかでおさらいした。
「あら、アンブローズさん。ごきげんよう」
取り巻きの一人がティファニーちゃんに気付き、声をかけた。
もちろん私は不快感を表すために、携帯している扇子を開いて顔を少し隠す。
「こっ、こんにちは」
まさか話しかけられるとは思っていなかったのだろう。ティファニーちゃんは、驚いたように返事を返してくれた。
「風の噂で聞いたのですが、あなたが、生徒会室に入り浸っているって。まさか本当のことではありませんよね?」
「いやだわ。生徒会の皆様のお仕事を邪魔するなんてこと、アンブローズさんがするわけないわ。ねぇ?」
…。
ティファニーちゃんの戸惑った顔が痛々しい。生徒会室に出入りしているのは事実だ。ただ、邪魔ではない。正式に副会長に仕事を頼まれたのだから。
でも突然の悪意に、優しい彼女は言い返すことが出来ない。
何しろ、生徒会室に行って遠回しに邪魔だと言われて追い返された公爵令嬢がここにいるから。
このときのために私は、ティファニーちゃんがいるときに、生徒会室に行ったのだ。
そして、悪意は続く。
「その包み…」
初めて、私がティファニーちゃんに声をかけた。もちろん、ティファニーちゃんは返事をしてくれる。
「えっ、あっ、これは…生徒会の皆さんに差し入れを…」
薔薇の花が見える包みをしっかり持っていた手を緩めた瞬間を、私は見逃さなかった。
「あっ!」
私はティファニーちゃんから包みを取り上げた。
それは、ティファニーちゃんが一生懸命棘を取り除いた美しい薔薇。
「…っ」
ごめんなさい。
私を許さなくていいから。
私は覚悟を決めて、包みから手を離した。
「あっ」
「こんなものをあの方に? なんて無礼な」
ゲームと同じセリフを言い放ち、ティファニーちゃんを睨み付ける。
薔薇は包みからバサバサと落ちて、地面に広がった。
「…気分が悪いわ」
廊下に落ちた薔薇をぐしゃりと踏みつけ、私はその場から去った。




