37,秋薔薇の君6 マナック・メーテルリンク
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「天気の本。…うーん。魔法で雨を降らせる…は違うよね」
秋薔薇についた朝露。見つけられるまで探すつもりでいたティファニーだったが、リンジーと話していて気がついたことがあった。
そもそも朝露ってなに?
朝に花や葉に滴がのっているものを朝露と呼ぶのはわかっている。
でも、その朝露はどこから来たのだろうか。
「…前の日に雨が降るとか、水撒きの水とか…?」
朝に水をまいて花に乗ったものは人工的だけれど、前の日ならいいのだろうか。
悩むティファニーは、答えを求めて図書室に来た。
「植物じゃないし、水。水生生物。水魔法。氷魔法。…うーん」
朝露に関する本がなかなか見つけられない。
「何かお探しですか?」
胸元に本のピンバッチを付けた頼もしい人が、いつの間にかそばに立っていた。
「はい。あの朝露に関する本って、どこにありますか」
司書のマナック・メーテルリンクに聞くと、不思議そうな顔をした。
「朝露…?」
「そうです。ちょっと朝露がどうやって出来るのか知りたくて」
「朝露、ですか。それなら、天候の本か、…」
棚から数冊の本を取り出して机に置いた。
それから、数秒。
「あれ、もしかして」
マナックの瞳がティファニーに向けられる。 眼鏡のガラス越しのその瞳は鋭く、ティファニーはドキリとした。
そんなティファニーを見て、マナックは優しく微笑む。
「天候の本よりも、おまじないの本の方が良いのでは?」
「!」
今、女子生徒の間で流行っていることも、この司書にはお見通しらしい。
「た、確かにおまじないなんですけど、その全然朝露のことを知らなかったので、仕組みを勉強したいなと思いまして…」
ここは貴族のこどもたちが通う学校で、図書室の蔵書もかなりのものだ。多額の寄付金や国からの補助があるのだろう。それに、いつも図書室の自習用の場所には勉強をしている学生がいる。
みんな将来のために真面目に勉強している。
その中で恋のおまじないのために、図書室を利用しようとしていたとは言いづらいものがあった。
真面目に勉強もするつもりだと言っても信じては貰えないだろうな、とティファニーは冷や汗をかいた。
しかし、不純な動機で図書室を利用しようとしたティファニーをマナックは叱らなかった。
「動機はなんであれ、疑問に思ったことを調べるのは良いことですよ。学びはそこから始まります。それに」
そう言うと、どこからともなく一冊の本を取り出した。
きれいな薔薇の絵が描かれた表紙の本は、夕暮れのおまじないと書いてあった。
「この本も、図書室の蔵書です。だから、どうぞ」
「! ありがとうございます!」
あのおまじないは、リンジーから聞いただけ。さらにリンジーも従姉妹に聞いたらしい。だから、少し曖昧なところがあったが、本を読めば詳しいこともわかるかもしれない。
「借りま…」
そう言いかけて、ティファニーはもうひとつの用事を思い出した。
「他にも探している本があるので、探してきます」
「ちなみに何を?」
「紅茶の本です」
クレイグに、ミルクと紅茶の入れる順番について熱く語られたことを思い出したのだ。香りが全く違うらしい。
「朝露と紅茶…。なるほど、五十四ページですか」
小さくマナックが呟いた。
「?」
「いえ。紅茶は奥が深い。まずはその歴史からひもとくのが良いでしょう」
マナックはにこやかに笑うと、ティファニーに言った。
「紅茶の歴史、産地、作り方を全てわかった上で飲む紅茶は格別です」
「歴史、産地、作り方…」
「淹れ方や硬水軟水、温度や蒸らす時間。ティファニーさんは持ち手のないカップを知っていますか?」
「えっと、はい。東の方の国のお茶を飲む時に使うカップですよね」
「なぜ、持ち手がないか、分かりますか? もっと言うと、我が国のカップにはなぜ持ち手があるのか」
「え? ええと…」
突然、流れるように始まった紅茶講義に戸惑いつつ、ティファニーは考えた。しかし、今まで考えたこともなかった議題に、何も答えが思い付かない。
「簡単に言うと、淹れる温度の違いです」
「淹れる温度…」
「えぇ。因みに、紅茶と同じ茶葉を使ってはいますが、製法の違いで緑色です」
「製法で…?」
「そうなんです。緑茶を飲んだことはありますか?」
「ありません」
「では、今お時間があれば飲んでみませんか?」
「えっ?」
「私は、緑茶が好きで、よく飲むんです」
「でも…」
「ティファニーさんにはよく図書室の片付けを手伝ってもらってますし、生徒さんの学びを助けるのも司書の役目ですから」
そうして気付けば、図書館のカウンターの奥で緑茶を飲んでいた。
一緒に出されたお茶菓子が、とても美味しかった。
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