35,秋薔薇の君4 クレイグ・ワグナー
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「ティファニー。向こうのソファで休んでいいよ?」
理科部の部屋で実験器具の片付けを手伝っていると、クレイグが言った。
「ごめんなさい! もっと丁寧に扱いますね!」
前にティファニーが通っていた学校では、見たこともないような実験器具ばかり。一応、洗い方は教わったつもりのティファニーだったが、どうやら間違えていたようだと、謝った。
その様子を見て、クレイグは不思議そうに首をかしげた。柔らかな金髪が揺れる。
「どうしてそう思ったの? 違うよ。ティファニーは誰よりも丁寧に洗ってくれてる」
流しに立つティファニーの横に、クレイグがやって来た。ティファニーが洗ったばかりの道具を指差した。
「ほら、この折れ曲がったところもきれい。いつもありがとう」
クレイグにすぐ隣で微笑みながら褒められて、ティファニーは照れた。
クレイグの言葉はいつもまっすぐで、心に染み込むのだ。
「ふふっ。クレイグ先輩に褒められるの、とても嬉しいです。…でも、何でソファなんですか?」
そんなに疲れて見えるのだろうかと、ティファニーが聞くとクレイグは少し考え込んだ。
「だって、今朝もピヨ子たちのご飯、ティファニーがあげてくれたんでしょ」
ティファニーは理科部の部員ではないが、クレイグと仲が良くなって以来、部室に良く出入りしている。
生徒会室と図書室、理科部の部室は、ティファニーのことを良く思っていない貴族からの避難場所でもある。
普段、避難させてもらっているお礼もかねて色々手伝っていたら、部員とも仲が良くなって、時折頼みごともされることもあった。
本来、飼育小屋のエサやりの当番は二年生。しかし、どうしても課題が終わりそうにないから、と頼まれたのだ。
「はい。私が今朝はエサやりをしました。でもいつも起きて、友人と自習をしている時間ですし」
説明している途中で、今日は違ったと思い出した。
「あ、でも、今朝は庭園に行ったんです! 友人と一緒に!」
「庭園…?」
「はい。庭園に行く途中だったんで、何も大変なことはなかったですよ」
なんの負担もかかっていないと説明したつもりのティファニーだったが、クレイグは何かを考え始めた。
「最近よく聞くね。庭園」
「はい。秋薔薇が咲いたからだと思います」
クレイグには女子生徒に流行っているおまじないの話よりも、植物の方がいいだろうと、ティファニーは判断した。
「そっか。ティファニーも見に行ったんだ?」
「はい! 花びらがたくさんある薄紅色の花が可愛かったです!」
「ふぅん。ねぇ、喉が乾かない?」
「? そうですね。少し」
「僕が淹れてあげる」
「ありがとうございます」
クレイグは作業の休憩にコーヒーを淹れてくれる。今日もコーヒーだろうと思ったティファニーだったが、クレイグはいつもと違う缶を棚から出した。
「これ。この前、王都に住んでる姉さまに貰ったんだ。薔薇の香りがつけてある紅茶なんだって」
ティファニーが話したような薔薇の絵が描かれている金色の缶は、今まで見たことも聞いたこともないメーカーのものだった。
「クレイグ先輩、それはとても高価なものでは…?」
「うん。だから、一緒に飲もう?」
おっとりとした微笑みに、ティファニーは遠慮することを忘れた。
「あ、温室に行こうか」
「温室、ですか?」
「そう。そこなら、誰もいないから静かにお茶が飲める。薔薇も確か植わってたはず」
急にテキパキと動き出したクレイグは、小さな籐製のカゴにお茶の道具をいれ始めた。
「クレイグ先輩、あの。片付けは…」
「もうほとんど終わってるから大丈夫。それより、ティファニーは紅茶にミルクは入れる?」
「あ、いえ、たまに入れますけど…」
高級そうな茶葉にミルクを入れて飲む勇気はない。
「…先に入れる派? それとも後派?」
いつものゆっくりとした口調だ。質問も、紅茶の飲み方について。いつもの会話とさして変わらないはずだ。それなのに、なぜか目が笑っていないような気がした。
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