31,後夜祭
なんとか後夜祭まで辿り着けた!
このゲームの生まれた国仕様なのか、後夜祭は大きな花火が打ち上げられる。
中世ヨーロッパ風で貴族の学校な世界観と色とりどりの打ち上げ花火は違和感があるような気がするけど、そもそも文化祭の屋台で焼きそばが売られているくらいなのだから、気にしたら負けなのだろう。
実際、記憶が戻ってから焼きそばが食べられるのは嬉しいし。
「折角の後夜祭に、こんなところにいていいのか?」
旧校舎の屋上でエリックが言った。
「うん。特に私の絡むイベントはないし、なんかちょっと疲れた…」
屋上の床に敷いた絨毯の上にだらっと横になる。
私がやらかした詩の騒動でずっと緊張していたから疲れたのだ。
「ははっ。ソフィアの詩も聴いたけど、良かったよ」
「あ、やっぱり! エリックも客席にいたよね!」
舞台の上からなんとなくエリックに似た人を見た気がしたけど、気のせいではなかったらしい。
「あぁ。どうなったか気になって。毎年、救国の乙女の芝居だけは観てるんだ。その次だったからちょうど良かったよ」
「心配してくれてありがとう。エリック、お芝居が好きなの?」
「いや、なんか毎年、どこかのクラスで必ず救国の乙女の芝居をやるから、気になって観るようになった」
何でなんだろうな、とエリックは首を傾げているけど、なんとなく理由は分かる。
「無難なんだと思う。貴族の出てくる、国で一番有名な物語だし、保護者や偉い人に見せるにはちょうどいいから」
「ふーん。そんなものか」
「うん」
「今年のは恋愛色強めだったな」
「そうなんだ?」
「あぁ。毎年結構違う。魔王が竜の時もあった」
「竜!」
この世界に竜はいない。絵本や物語の中には出てくるのでみんな知っているけれど、想像上の生き物だ。
「すごかったぞ。木で骨組みを作った竜で巨大だった。口を開けると、火を吹くんだ」
「すごい! 火は魔法?」
「あぁ。でも、本物の火じゃないみたいだった。霧を作って、それに赤い光を当てて見立てたようだ」
「あぁ。舞台は火気厳禁だもんね」
「だな。でも、迫力があっておもしろかった」
「ふふっ。魔王様が竜かぁ」
学生手作りの竜を想像して、何だかほほえましい気持ちになった。
「ソフィアは本物の魔王を知っているんだよな」
「う? うん。ゲームの攻略対象者でもあったから」
「攻略したのか?」
「何度もしたよ!」
二周目以降なら出会えるので、何度も会いに行った。
魔王様の体は封印されているので、学校の外には出られない。
ティファニーちゃんは夏休みや休日はほとんど学校にいるから、会える確率は高いのだ。
「猫を、か?」
「違うよ! 夏休み以降は、少しずつ記憶を取り戻して、人の形になれてくるの!」
だから、魔王様のお気に入りの詩も教えてもらった。
そのときのスチルと詩を懐かしく思い出しているときだった。
「じゃあ、ソフィアは魔王が封印されている場所も知っているんだな」
静かな声でエリックが言った。
遠くで大きな花火が開く。
あの大きな花火が打ち上がったら、そろそろ終わりだろうと、ぼんやり思った。
「魔王の封印…」
「あぁ。魔王の封印が解かれた後の話はするけど、実際どこに封印されているかは話してなかったから知らないのかと思ってた。…けど、その表情だと知っていそうだな」
エリックが買ってきてくれたりんご飴を、一口かじる。
飴の甘さとリンゴの酸味が口に広がって、いつの間にかカラカラだった喉が潤った。
「エリックは、本当に私の話をちゃんと聞いてくれてるんだね…」
エリックに魔王様のことはあまり話さなかったから、私に魔王様の知識があまりないと思っていたのかもしれない。
「そりゃ、聞くさ。ソフィアは一生懸命だし、一応国が滅びるかも知れないようだし」
紅茶のカップ片手に屋上のフェンスに寄りかかるエリックの表情は、月の光のせいでよく見えない。
「…知ってるよ」
それは、まだあまりしたくない話だった。
魔王復活、国の滅亡。
私が正しく悪役令嬢を演じられなければ、最悪の展開になる。
「でもね、パトリシア様の施した封印があるから、誰も近付けないの!」
「パトリシア…。救国の乙女の?」
「そう! だから、今はまだ魔王は眠ったまま。封印を解けるのは、パトリシア様と同じ力を持つティファニーちゃんだけ」
「…」
エリックが何かを言いたそうに口を開く気配がしたので、慌てて話を続ける。
「そのティファニーちゃんもまだ、完全に力は目覚めていない。だから、今は誰も魔王の側にすら近付けないの!」
だから、と私はエリックに言う。
「だから、先回りして魔王を倒そうとか出来なくて…」
多分、エリックはずっと思ってたと思う。ゲームの知識があるならば、その知識を使って魔王を倒せばいいと。
先回りすれば、国は滅びないし、悪役令嬢が国外追放される心配は減る。
「すぐそばに魔王が封印されているのは、不安だよね。でも、ティファニーちゃんは本物だよ。ちゃんと魔王と対峙出来る子。ゲームのシナリオ通りに進んでいるし、このまま進めばちゃんとティファニーちゃんがみんなを救ってくれるから…!」
変に物語を改変する方がリスクがあるの!
私はエリックに力説した。
「…不安、かぁ。別に不安はないけど…」
「えっ…?」
国を滅ぼせるお方が側にいて、不安じゃないの?
驚く私にエリックは慰めるように笑った。
「だって、倒せるんだろ?」
「うん。ティファニーちゃんに任せれば、絶対に」
それは、断言できる。
逆に他の方法をとった場合は分からない。
「だから、私が封印の場所を知っててもあまり意味がないって言うか…」
ティファニーちゃんの力の目覚めがあってこそ、物語は進むから…。
「なるほどな。ソフィアの言いたいことは、わかった」
「ほんと…?」
「あぁ。ティファニー・アンブローズに協力を仰いでも意味はないんだな」
「ない! ちゃんと段階を踏まないと!」
私は言いきった。
そうでなければ、きっと守れない。
「そっか。ソフィアはそれでいいんだな?」
「うん! それがいいの!」
最後の花火が打ち上がった。
ぱぁんって、大きく花が咲く。
一瞬で明るくなった夜空に、エリックの表情が見えた。
「ー」
エリックは優しく笑っていて、そして私に何かを言った。
でも、花火がはぜた音でかき消されてしまう。
「ごめん、エリック。もう一回言ってくれる?」
「うん? がんばれって、言ったんだよ」
良かった!
エリックは、私の話を信じてくれたみたいだ。
「ありがとう。がんばる!」
「おぅ」
時計搭の鐘が鳴った。
文化祭が終わった。




