3,入学式
七色の虹。
ヒロインの名前は、ティファニー・アンブローズ。
栗色の髪に虹色の虹彩を持つ女の子。
田舎で暮らしていた彼女は、はしごから落ちる幼なじみを助けようとして、魔力が発現した。
それからは、あっという間。貴族だらけの魔法学校に入学が決まる。
右も左もわからない中、様々な事件に巻き込まれるも、持ち前の明るさと真面目さで、仲間を作りつつ乗り越えていく。
そんなお話だ。
「確か、ティファニーちゃんは田舎から来たからもう入寮は済ませているはず…」
都にも家がある私は入学式のあと、入寮するが、彼女は泊まるところがないので一週間前から寮に住んでいる。
「だからもうここの校舎には詳しくなっていて…」
入学式に早目に来たティファニーは、校内で攻略対象者に出会う。
◈◈◈◈◈
「緊張してきた…」
ティファニーは制服のリボンを結び直した。何度結び直しても、落ち着かない。こんなにかわいい制服が自分に似合っているとは到底思えないのだ。
入学式が始まるまでには、まだ時間があるからと外を歩いてみたものの、時折すれ違う先輩たちの洗練された仕草や言葉遣いに圧倒され、自分は場違いとさらに落ち込むだけだった。
「…帰りたいなぁ」
『 君には魔術師の素質がある。魔法学校で学べば、きっと城仕えも出来るだろう』
突然やってきた役人にそう言われ、大喜びしたのは両親だった。
だから、行きたくないとは言えずに、今、魔法学校の制服を着ている。
「きゃあ!」
あまり目立たないように木の下を歩いていると、小さな叫び声のようなものが聞こえた。
「?」
ティファニーが驚いて振り返ると、一匹の黒猫が目の前を横切った。猫は振り返ってティファニーのほうを見た。綺麗な紫色の瞳の猫だ。
「だ、大丈夫ですか!?」
猫から視線を戻すとティファニーの数歩先に、女子生徒が転んでいるのに気づいた。慌ててティファニーは駆け寄った。
「い、今黒い猫が…」
小柄なその生徒は涙目で呟いた。
「大丈夫。もうどこかへ行きましたよ」
桜色の髪の可愛らしい生徒だ。
水色の瞳と目が合い、安心させるように微笑むと、その生徒はじわりと涙を浮かべた。
「ごめんなさい。猫、怖くって…」
「誰にでも怖いものはあります。怪我してない? 立てますか?」
「はい。…あっ!」
女子生徒はさらに顔を強ばらせた。
どこか怪我をしたのだろうか。
「制服が…!」
どうやら転んだ場所が悪かったようで、制服のスカートの裾が泥で汚れていた。
幸いにもほんの少しだったが、それでも目立つ。
ティファニーはその生徒のタイを見る。
桜色。
それは、新入生の色。
彼女もまた、入学式に臨む一人。
ティファニーとは違い期待に胸を弾ませて来たのだろう。
それなのに、入学初日から泥で汚れたスカートでは悲しいだろう。まして、彼女は貴族の子女だ。
「だ、大丈夫!」
ティファニーはポケットからハンカチを取り出した。
「私、染み抜きが得意なの! 濡らして、とんとんって叩けば、これくらいなら落ちるよ!」
近くにあった搭の大きな時計を見る。
その搭はレンガを積み上げて作られた学校で一番高い搭で、この学校が作られたときから変わらずあると、案内してくれた教師が教えてくれた。
時計の文字盤は大きく、その上にある鐘もまたとても存在感がある。
この鐘の音は学校のどこにいても、必ず聞こえるそうだ。
「まだ時間もあるから、とりあえず医務室に行こう!」
「医務室…ってどこ…?」
入学式を終えてから校内の案内がされる。だから、新入生にはどこにあるのかわからない。しかし、ティファニーは一週間も前からここにいるので、ほとんどの場所は探検済みだった。
「向こうだよ」
手を引いて案内しようとしたとき、ティファニーの元に一つの影が落ちる。
「君たち、何をしている?」
腕に、「生徒会」と腕章を着けた青年だった。金色の髪に、宝石のように光を宿す赤い瞳。
「医務室と聞こえたが、怪我でも?」
二年生であること示す青いネクタイをきっちりしめた青年が訊いた。
背が高いので見下ろされる形だ。
桜色の髪の生徒が、ティファニーにだけ聞こえる小さな声で「ビクター殿下…」と呟く。
ビクターって、第一王子の…!?
田舎から出たことのなかったティファニーにはわからなかったが、確かにこの国の第一王子は金髪に赤い瞳だったはず。それに、貴族であろう隣の生徒が言うのだから、間違いない。
固まって動けない生徒に代わり、緊張しながらティファニーは答えた。
「いいえ、怪我はしてないみたいです。ただ、制服が汚れてしまったので、医務室で場所を借りて、染み抜きをしようかと…」
「染み抜き…? そうか。では、医務室まで案内しよう」
王子様が自ら!?
それが生徒会の役員の役目なのかもしれないけれど、あまりにもおそれ多い。隣の子の顔もさらに強ばってしまった。
「あ、あの、場所はわかるので大丈夫です!」
「? 君も新入生だろう?」
「はい。でも、一週間前からいるので…」
「一週間…? あぁ」
何かを思い出したようにビクターは頷いた。
「教師から訊いている。今年度から特別枠が出来たと」
特別枠。そう言えば聞こえはいいが、貴族ではない生徒を入学させたと言う意味でもある。
「はい。多分その特別枠が私です」
隠すつもりはなかったが、庶民だと知られて怒られるような気がした。
「その染み抜きというのは、式が始まるまでには終わるのだろうか? 終わりそうにないのなら、教師に話しておくが」
「いいえ。間に合わせます!」
「そうか。では、頼んだ」
「はい!」
緊張しつつ返事をすると、ビクターは優しく微笑んだ。
「言い遅れたが、入学おめでとう。君たちが有意義な学生生活を送れるように生徒会も全力を尽くす。何か困ったことがあったら、相談してほしい」
◈◈◈◈◈
これがこのゲームの始まりの場面だ。
この後、桜色の髪の子(リンジーと言う名前の男爵令嬢)と同じクラスだとわかって、二人は友人になった。
思っていたよりも魔法学校は過ごしやすく、さらに出会ったリンジーとビクターが優しかったので、ティファニーは油断してしまったのだ。
『理事長先生が言った通り、ここではみんな同じ生徒と言う立場。仲間なんだ』
そう思ったティファニーは、早速クラスメイトに挨拶をする。
「初めまして。ティファニー・アンブローズです。これから、よろしくお願いします」
うん。
ゲーム通りだ。
フワフワサラサラの栗色の髪。
大きな瞳は見る角度によって違う色に見えて、とても神秘的だ。
そして、この魔法学校の制服を見事に着こなしている。
一番好きなゲームの憧れのヒロインに満面の笑みで挨拶されて、思わず顔がにやけてしまいそうになるけれど、悲しいことに私は彼女と友達にはなれないのだ。
だから、笑顔になりかけた顔を慌てて開いた扇子で隠す。
そして、昨日一晩中練習した悪役令嬢の冷ややかな表情を浮かべた。
そう私は、誇り高き公爵家の娘。
身分が下の者が上の者に許しもなく話しかけるなど、なんて礼儀のなっていない者なのかしら。
「……」
ティファニーちゃんの挨拶に、私は顔を背け返事をしなかった。
教室内が静まりかえる。
ティファニーちゃん以外のクラスメイトは私が公爵令嬢だと言うことに気づいているのだ。そして、今の動作が何を今するのかも。
公爵令嬢ソフィアはティファニーを認めない。
そんなメッセージで、権力重視の貴族の子たちは早々に、ティファニーちゃんから距離をとるだろう。
ティファニーちゃん、ごめんなさい。
ティファニー;突然魔力があるとわかって、魔法学校に入学することになった女の子。
スキップが上手い。
ビクター;第一王子。
生徒会会長で公爵令嬢ソフィアと婚約している。
甘党。
[公式ファンブックより]




