28,文化祭6
「お兄様、お見送りはいらないんですの?」
お化け屋敷を出て時計搭を見る。
もう時間だ。
お兄様は卒業生でもあるので、この後も知り合いに挨拶に行くのだろう。
「あぁ。お前は忙しいだろう? ここでいいよ。…今日は楽しかった」
「えぇ。わたくしも楽しかったですわ。詩の朗読はまた今度、聴いてくださいね」
「ははっ。俺のための朗読会か。それは贅沢だ。楽しみにしているよ」
爽やかな笑みを浮かべたお兄様は、上機嫌で去っていった。
さて。
ずっと考えてきた作戦を決行する。
今出てきた扉をじっと見た。
ちょっと聞こえてきた叫び声や、ゲームでも出てきたお化け役の生徒の動きから察するに、ティファニーちゃんはもう少しで出てくるはずだ。
お化けが怖いのに、自分を探しに来てくれたことでアーサー君はすっかりティファニーちゃんに懐いてしまった。
この後は、場面が変わってアーサー君の兄、クレイグ先輩のところ。
大事なのは、今!
私が動くなら、ゲームのシナリオにはない、今しかないのだっ!
お化けが怖いティファニーちゃんが頑張ってお化け屋敷に入って、やっとの思いで出てこれたのに、そこですぐに悪役令嬢。
ティファニーちゃんの精神状態が大変心配ではあるけど、ここしか空白期間はないので仕方がない。
「ティフお姉ちゃん。ここが出口みたいだよ!」
ティファニーちゃんの手を引っ張って、アーサー君が出てきた。
よし、今だ。
「あっ…」
わたくしは、持っていた一枚のカードを落とした。
ひらりと揺れながら落ちていく薄い水色の紙を目で追う。
ここで重要なのは、慌てて拾おうとしないこと!
あくまで、優雅な動きを意識して、カードを目で追うに止める。
そして、狙いどおりカードは水溜まりに落ちた。
「あっ!」
そう声を出したのは、私ではなく、ティファニーちゃん。
このカードがなんなのか分かってくれたようだ。
しかし、私はティファニーちゃんを無視。
もちろんカードを拾い上げることもしない。
…端っこが濡れて、泥で汚れたカードを見て眉をひそめた。
「待ってください!」
そのまま立ち去ろうとしたところを、ティファニーちゃんが止めた。
ううぅっ! なんていい子!!
予想通りに、大事な詩が印字されたカードをなんのためらいもなく捨てる悪役令嬢を止めてくれるティファニーちゃんに感動したけど、ごめんね。意地悪させて。心のなかで私は謝った。
「…なにかしら?」
今日は、外部のお客さんもたくさんいるのでと、理由を自分につけてティファニーちゃんに返事をした。
「そのカード、朗読会のものですよね。捨てたら…」
「わたくし、こんな汚れたものを持って人前には出られないの」
「じゃあ、朗読会は…」
ティファニーちゃん、優しいなぁ。
こんな悪役令嬢。放っておいていいのに…。
「…不参加よ」
カードは少しずつ水を吸っていた。
「だめです!」
大きな声で言ってから、はっとしたのか、ティファニーちゃんは慌てて謝った。
「ごめんなさい! あの、でも、ソフィア様の朗読、皆さんとても楽しみにしていらっしゃると思うんです。あの、その…。だからっ…」
ティファニーちゃんは自分のカードをポケットから取り出した。
うん。
やっぱり、真面目なティファニーちゃんのことだから、持ち歩いてると思ってた。
そして、予想通りティファニーちゃんは自分のカードを私に差し出した。
「これ、私のカードです。詩は、国を讃えるものなので、ソフィア様が詠むのに相応しいものだと思うのでっ!」
腕を真っ直ぐに伸ばして差し出されたカードを私は、じっと見る。
1、2、3、4、5…。
ぷるぷるとティファニーちゃんの腕が震え出した頃、さっと受け取った。
「!」
ごめんね。
私がうっかり、あの詩を口ずさんだばかりに余計な手間をかけさせて!
本当にありがとう!
心のなかでだけ、私は、ティファニーちゃんに語りかけた。
ここで一言でもお礼を言ったら、悪役令嬢がただのツンデレになってしまうので。
「…あの、みんな、楽しみにしてますから!」
「…そう」
受け取ったカードをポケットに入れる。
汚れたカードを、ティファニーちゃんが拾いあげた。
「あの、このカードは…」
近くのハーリィとアーサー君の視線が痛い。…本当に子供の教育に良くないなぁ。
でも、仕方ない。
プライドだけが高くて、庶民の娘を見下している。悪役令嬢はそんな立場だ。
「勝手になさい」
捨てられた物を拾って、使わなければならないティファニーちゃんの心情を思うと、苦しい。
でも、これで誰にも怪しまれずに詩の交換が出来た。
これなら、クレアもティファニーちゃんに突っかからないだろう。
そして、あの詩でティファニーちゃんはみんなを魅了するのだ!




