27,文化祭5
「!」
通路の角からランタンの灯りが見えた。
他の参加者かと思ったけど、どうやら違うようだ。
「なるほど、お化け屋敷か」
とっさに私の前に立ってくれたお兄様が、少しだけ位置をずらして灯りの正体を見せてくれる。
「…お化け…?」
血まみれの生徒がゆっくりと歩いてくる。
入ってきた客を驚かす役目なんだろう。
血の色はとても生々しく、悲しげにうつむいて足を引きずりながら歩く様は、恐ろしい。とても驚いたけど、どうやらそれは向こうも同じだったようだ。
薄暗いなかでも、ランタンの灯りを反射するこの銀色の髪は目立つ。
公爵家の者なのは間違いない。
お化け役の生徒は、私の呟きに何度も頷いた。
「はい。お化け役です。何かお困りごとはございませんか?!」
役目を忘れたのか、驚かすことはしないで、そんなことを聞いてくる。
「いいえ、大丈夫よ。行ってちょうだい」
こんなところでも悪役令嬢の悪名が!
「あちらが出口です!」
そう言って通路の一つを指差すと、お化けは去っていった。
「…」
なんとも言えない距離感に、現実に戻ってしまった…。
「えっと。怖くはなかったかい? 」
「怖がる要素がどこにあったでしょうか」
見た目は怖かったはずだけど、あの対応だともうトマトケチャップを頭から被ったうっかりさんにしか見えなくなった。
「うーん。出口も教えてもらってしまったね」
迷路仕立てが売りのお化け屋敷だったのに、あろうことか、あのおばけははっきりと出口の場所を口にした。
…本当はゲームの知識があるから、迷路も正しい道順は分かっていたのだけれど。
アーサー君のいる場所もだいたい見当はついているので、あえてそこは行かないようお兄様を誘導していたのにな…。
「まぁ、あと少しみたいだ。せめて、扉をくぐるまでは堪能しようか」
「?」
お兄様が手を私に差し出してきた。
ので、とりあえずその手を握る。
その様子を見て、お兄様は安心したように笑った。
◈◈◈◈◈
「アーサー君、いたら返事して?」
ティファニーが語りかけるも静かだった。
「まぁ、呼んで出てくるんだったら、逃げ出さないだろうな」
「…そうだけど」
それでも、このお化け屋敷は薄暗く、内装はクモの巣に見立てた糸が張ってあったり、血の手形があったりとおどろおどろしい。
「小さい子なら、怖くなって動けなくなってるかも」
広い講堂を薄い板で仕切ってある迷路仕立てのお化け屋敷。
曲がり角を右に向かうとすぐ行き止まりだった。
「!」
元の道に戻ろうとした瞬間、古そうな褪せた絵の中の人物と目があった。二、三百年前の服装のその男性は、ニヤリと笑った。
「…どうした?」
ティファニーにしがみつかれたハーリィが、そっと聞いた。
「い、今、絵が笑った…!」
ハーリィの腕にしがみつきながら、頑張って報告する。
絵の中を動かす魔術など聞いたことがない。
となると今の現象は、「ホンモノ」…?
震えるティファニーを背中に隠すと、ハーリィは絵に近付いた。
「あ、危ないよ!」
ホンモノならば、絵のなかから出てくるかもしれない。ティファニーは身構えた。
「いや、普通の絵だから。ほら」
ハーリィがランタンを上下に動かす。
すると、絵の男の表情が変わって見えた。
「絵の具を厚く塗って、光の加減で表情が変わるように描いたんだろ」
「ほんとだ。良かった…」
「…意外だな。こういうのは怖いんだ?」
「だって、対処法が分からないから…」
人間相手なら色々やり方があるが、お化けではそのやり方が通じない。
そう説明すると、ハーリィは笑った。
「貴族のお嬢様は対処法があるから怖くないのか?」
貴族のお嬢様。
その言葉にあの人の顔が浮かぶ。
「…怖い…けど」
いつも目が合うと冷たい目で見てくる。
自分が嫌われていると自覚するのは、辛い。
「…その怖さとはちょっと違うのかも」
「ふーん」
ハーリィは曖昧に相づちを打つと、ティファニーの耳元でささやいた。
「何か適当にしゃべって」
「?」
それだけ言うと、ティファニーにそこにとどまるよう手で指示し、ハーリィはゆっくりと来た道を戻る。
「えっ、どこに!?」
「シーッ!」
ハーリィは振り替えると口元に人差し指を当てた。…どうやら、何かに気付いたらしい。
「わ、私のクラスの出し物の朗読会はね、午後からなの!」
お化け屋敷に一人取り残されたティファニーは、頑張ってハーリィの言う通り話を続けた。
「すごく大きな教室でやるんだよ。学級委員長さんが頑張って、みんなの詩が良くなるよう順番も考えてくれたんだ!」
詩の素晴らしさを伝えるのが目的の、朗読会。
身分や提出順で読む順番を決めてしまうと、せっかくの詩の魅力を存分に伝えられないかもしれない。
そう断って学級委員長は、提出された詩だけをみて、順番を決めたそうだ。
途中で朗読する詩を変えたりする者もいて、ギリギリまで学級委員長は悩んだらしい。生徒会の手伝いをするティファニーも、何度か図書室で学級委員長を見かけたから知っている。
「えっと、だから…」
まだ話を続けなければいけないのだろうか。
「絶対、すごく良い朗読会になるから、ハーリィも時間があったら来てね!」
ここで迷子探しに付き合ってもらってるので、さらに誘うのは心苦しいものがあったけど、他に話すことが思い付かない。
返事がないのでどうしようと、途方にくれていると、前方に光が見えた。
「ハーリィ?」
ぐるっとまわって来たのだろうか?
ティファニーは持っていたランタンを掲げた。
光は弱くなるが、少し遠くまで見えるようになる。
しかし、それが失敗だった。
ぼんやりとした光の中浮かび上がったのは、頭から血を流した昔の服を着た男の子。
「!」
足を引きずりながら、近付いてくる。
「いや!」
ここは、お化け屋敷だ。
だから、このお化けも学校の生徒のはず。
そう言い聞かせても、怖いものは怖い。
足がすくんだティファニーに後ろから誰かが声をかけた。
「大丈夫か?」
「!」
焦ったような顔のハーリィだった。
「ハーリィ…」
「どうした。また転んだのか?」
ティファニーは首を振って、前を指差す。
「…あぁ」
ハーリィが雑に手を振ると、お化けは軽く会釈をして去っていった。
「ほら、もう出よう。捕まえた」
「えっ?」
ハーリィが背中を向ける。
そこには、アーサーがおんぶされていた。
「アーサー君!」
「中々見つからないと思ったら、こいつ、俺たちの後をついてきてた」
「そうだったの…」
だから、ティファニーを囮にして、探していたのか。
「ほら。これ以上ここで駄々をこねると、このお姉さんが泣き出すぞ」
「な、泣かないよ!?」
小さな子の前でなんてことを言うのだ。
ティファニーが抗議すると、アーサーがふてくされたように「はぁい」と返事をした。
「お前を探すために、怖いのにお化け屋敷に入ったんだ。ちゃんと感謝しろよ」
「ハーリィ…」
気遣ってくれるのは嬉しいが、少し複雑な気持ちになる。
アーサーは一人でお化け屋敷に入り込んでいたのだ。
「…ごめんなさい」
「お兄様が待ってるよ?」
「うん…」
◈◈◈◈◈




