23,文化祭1
あっという間に文化祭当日になった。
あれからクラスでの練習は何度かしたものの、私はすべて欠席した。
クレアにさりげなく聞くと、ティファニーちゃんは授業で習ったことのある、誰でも知っている詩を朗読していたようだ。
詩の朗読会は午後に始まる。
それまでになんとか、ティファニーちゃんに接触しなければ。
でも、この文化祭のイベント。
盛りだくさんなんだよね…。
まずは、買い出しを頼まれる。
そしてその途中に迷子が現れる。
お化け屋敷にも強制参加させられ、最後に朗読会でも騒動が…。
それらすべてを、ティファニーちゃんがさばいていくのだから、ヒロインって大変だ。
とりあえず、大体の時間軸と騒動が起こる場所を知っているので、私は最初の関門である迷子が現れる場所へと向かった。
どこか隙を見て、ティファニーちゃんにあの詩をそれとなく伝えるのが、今日の私の最大の目標だ!
◈◈◈◈◈
「すごい人…」
ティファニーは文化祭で賑わう校舎の中を一人、荷物がぎっしりと入った段ボールを持ちながらすすんだ。
ティファニー自身のクラスの出し物は午後。だから、やることはない。その為それまでの間、生徒会の仕事を手伝うことにしたのだ。
「アンブローズ?」
頼まれた資料を生徒会室に持って行くと、そこには生徒会長がいた。
折角のお祭りなのに、執務室で何かの資料を読んでいるようだ。外から聞こえる、明るく賑やかな声との差が激しい。
「なぜ、君がここに?」
赤い目が訝しげに細められる。
「はい、あの。副会長に職員室から資料を持ってきてほしいと頼まれまして…」
生徒会員でもないのに、出入りをしてはいけなかったかな。
ティファニーはすこし萎縮しながら答えた。
「…副会長には、後で注意しておこう」
「! 私が勝手に手伝ったんです!」
叱るなら私を!
そう言うと、ビクターは小さく首を振った。
「君は文化祭は初めてだろう? きちんと楽しむように」
「きちんとたのしむ…?」
楽しむのにも何か決まりごとがあるのだろうか?
「折角の祭りなのだから、一年生の君は楽しむべきだ」
「…生徒会のお手伝いも楽しいです」
クラスメイトにも、仲の良い友人は出来た。でも彼女は今日、文化祭にやってきた両親と弟を案内しているのだ。
だから、ティファニーは一人。やることもない。
なんとなく反抗的な返事になってしまったけれど、嘘偽りはない。
ティファニーはじっとビクターの目を見て答えた。
それを見て、ビクターは眉間にシワを寄せたが、あきらめたのか一つため息をついた。
「…では、遣いを頼んだもいいだろうか」
「はい!」
なんとなく勝てた気がした。
それがすこしだけ嬉しくて、ティファニーは弾むように答えてしまった。そんな思いに気付いたのか、ビクターの顔は複雑そうな表情だったが、見逃してくれるようだ。
「…。まぁ、いい。では、一階にあるりんご飴。二階のわたあめ。体育館の焼きそばと、屋上のクレープ」
「…」
「あぁ。あとは場所は忘れたが、ボランティアでクマ型のクッキーを売っているらしいからそれも。全部二つないしは、三人分買って来てほしい」
それって。
ティファニーがなんと聞こうか迷っていると、ビクターは真面目な顔をして一度頷いた。
「生徒会役員への差し入れとして、だ。今日の後夜祭までに頼んだ。もう一度、言おうか?」
「…お願いします」
お使いに託つけて遊んでこいと言われている気がしたが、一応は生徒会長の頼みごとだ。手近にあった紙を用意する。
「りんご飴、わたあめ、焼きそば。クマのクッキーに理科部のカルメ焼」
「…ビクター様」
メモする手を止める。
「もう一度?」
「いいえ!」
絶対わざとだ!
ティファニーは、メモを折りたたんでポケットに入れた。
「すぐに買ってきます!」
「あぁ。重要な役目だ。頼んだ」
ビクターは文化祭用の食券を渡すと、ティファニーを生徒会室から追い出した。
こうなったら、急いで頼まれた品を持ってこよう!
廊下に出たティファニーは、早足で校内を歩いた。
出来立てが美味しい焼きそばやクレープは後回しにして、まずはクッキーから。
そう考え、文化祭のパンフレットを開く。
「孤児院の子供達手作りくまさんクッキー。これかな。場所は…」
分かりやすい手書きの地図を見る。
場所は、時計塔の近くのようだ。
別に勝負でもなんでもないのに、なぜだか負けないぞと言う気持ちになってくる。
途中、りんご飴のお店を見つけたので、自分の分を含め三つ購入した。
「あった」
時計塔の横に、白い幕を張ったテントがあった。
ここの辺りは、外部の人たちのお店のようだ。
「くまさんクッキーを二つお願いします」
「はい。ありがとうございます」
店員の女性が、青い紐で結んだ袋を渡してくれる。
それを大事に受け取って、歩き出したときだった。
「?」
時計塔の下に一人の男の子がいた。
仕立の良い服に少し不安げな表情。
柔らかな金色の髪はなんだか、見覚えのあるような…。とティファニーは首をかしげた。
生徒の家族…だよね。
文化祭と言っても、学生の保護者や親族、あるいは、学校が許可した業者や関係者、来賓しか来ることは出来ない。
安全面から、一般の人間がふらっと立ち寄ることは出来ないのだ。
周囲に彼の保護者らしき人はいない。
「あの…」
思いきってティファニーは声をかけた。
◈◈◈◈◈◈◈◈◈




