21,お気に入りの歌
「!」
私は、いつものベッドの上で目を覚ました。
「え、夢!?」
アイテムボックスから出てきた飴をなめたら猫になって…。
「!!!」
エリックの膝の上で寝てた!
そこからの記憶がない!
あれは夢、だったんだろうか?
…夢だったんだろうな…。
流石に、あの状態から自室に戻って来ることは不可能だもの。
「良かったぁ」
ほっとしたらベッドサイドのチェストの上に四角い包み紙があるのに気付いた。
青と赤の花模様の包み紙だ。
「飴をなめたのは、夢じゃなかった。…つまり、猫になる夢を見る飴だったの…?」
部屋に置かれた時計を見る。
時間は、いつも起きる時間と同じくらいだった。
多分、司書さんとティファニーちゃんのイベントが終わったくらいの時間…。
いや、あれも夢ならまだイベントは起きてないのかな…?
「ん~?」
寝起きの頭が混乱する。
夢、だよね。
唯一確かめられるのは、エリックだけど…。
「…」
今朝、灰色の猫に鶏肉をあげた?
とは聞けない!
「うん。あれは夢だった!」
そう納得して、私は制服に着替えた。
少し寂しい秋風が吹くなかの校内は、文化祭の浮き足だった空気に包まれていた。
このイベントではソフィアの出番はない。
普通に過ごせばいいだけだ。
詩も決めたし、文化祭は悪役令嬢はほぼ不参加…。
何せ、クラスの出し物は、朗読会。
邪魔さえしなければそれでいい。
「うーん」
特にやることのない放課後だった。
クレアたちも、他の授業のためそばにはいない。
図書室に行こうか、…旧校舎に行くか…。
…旧校舎にはちょっと行きづらい。
多分、夢だとは思うけど!
それなら、断罪後の荷造りでもしようかな。
ゲームでは、国外追放のシーンしかなかったからなぁ。
荷物は持って行けるのか、それとも着の身着のままで城壁の外にぽいっなのか…。
…あと半年後には、私はこの国にはいないのか…。
いや!
その方がいいのだ。
王子様ルートで無事エンディングをむかえられたということなんだから!
暗くなる気持ちを奮い起たせるように、私はお気に入りの歌を口ずさんだ。
「まぁ! なんて素敵な歌なんですの!」
「? クレア?」
校舎と校舎の間、渡り廊下を歩いていたとき、クレアが目を輝かせてこちらを見ていた。
「殿下もそう思いますよね?」
クレアの斜め前には、ビクター様。
書類を持っているから、何か生徒会の仕事中だったのだろう。
「…あぁ。良い歌だった」
ビクター様が褒めてくれた。
だから、ここは派手に喜ばなくちゃ。
そう思ったとき、ビクター様が言った。
「その詩は知っているが、曲をつけたものは初めて聴いた」
「!」
その言葉を聞いて、私は大きな過ちをおかしたことに気付いた。
私のお気に入りの歌。
それは、『七色の虹』でティファニーちゃんが朗読した詩に曲をつけたもの。
ゲームのクリエーターさんの一人が五分で作ったというこの歌は、この国では詠み人知らずとして、詩だけが知られている。
ゲームの中のニ巡目の隠れイベントで、ティファニーちゃんが歌うこの歌が私は大好きだった。
そのときの記憶で、つい今歌っちゃった…!!
朗読会を控えた生徒が、詩を歌う理由は一つ。
「あっ…」
「曲はソフィア様がお作りに?」
多分クレアは、私とビクター様の仲を取り持とうとしてくれてるんだろう。正直、それどころじゃない。
「いえ、…昔、劇かなにかで聴いたような…。うろ覚えで。その、お聞き苦しいところを…」
「まぁ。本当にソフィア様は、奥ゆかしい方ですわ」
クレアが感激したように手を合わせた。
「ソフィア様のその詩の朗読。きっと、皆が喜びますわ。殿下もそう思いませんか?」
「そうだな」
クレアが「良かったですね!」
みたいな顔でこちらを見てくる。
やっぱり、朗読会の練習だと思われている!
違うの!
この詩は、ビクター様がティファニーちゃんに教えてあげて、詩の朗読会で披露するっていうシナリオがあったんだ。
その詩を、私が歌ってしまった。
…ビクター様は私に気を遣って、この詩をティファニーちゃんに教えることはないだろう。
つまり、一つイベントをだめにしてしまったわけで…。
ここで、この詩は朗読会では使わないと宣言しても、もうきっと変わらない。
「あの」
「君は観劇が好きだったのか?」
「えっと」
「長期休暇の前にも、観ただろう?」
確かに観たいと言った。
この世界の娯楽はあの世界とは違う。
ゲームが好きだった人間にとっては、娯楽作品は少ない。
だから、劇も好きではあったけど…。
「えぇ。劇や歌は好きです…」
「そうか。なら、今度も劇を見に行こう」
「…はい。ありがとうございます」
あぁ。どうしよう…。
あれだけ気を付けていたのに、物語を改変してしまった。




