20,ソフィアの冒険
朝、起きたら猫だった。
「!!!」
何で!?
慌ててベッドから飛び起きて、化粧台に飛び乗る。
この化粧台は家から持ってきたもので、アンティークっぽくって、気に入っているものだ。
曇り一つない綺麗な鏡に映るのは、スモーキーブルーの子猫。目の色は青。
大きな三角の耳にアーモンドの形の目。細いしっぽ。どう見ても、子猫だった。
…いや、化粧台に飛び乗った時点で人ではない動きだったんだけど、改めて見てみると驚きだ。
えっ、急に違う物語が始まった??
混乱する頭のなかで、昨夜のことを思い出す。
あれは、寝る前。
もちろん人の姿だった。
借りてきた詩集の本を閉じて、引き出しにしまおうとしたときだった。
いつもと変わらない棚なのに、引き出しだけが、あのアイテムボックスの扉の模様とよく似ていたのだ。
「…」
ヒロインでも、プレイヤーでもない人間にもアイテムボックスって出てくるんだ。
そんな感動を覚え、『魔法学校のアイテムボックス』というワクワクする単語の羅列に、私は衝動を抑えられなかった。
部屋に誰もいないのを確認して、そっと引き出しを引いた。
「あめ…?」
出てきたのは、一粒の紙に包まれた飴だった。
青と赤の花模様の包み紙の飴は、私が大好きだった飴。
あまりの懐かしさに、油断した。
我慢できずに、引き出しの中の飴を取り出すと口にいれてしまったのだ。
久々のあの優しいあまさを堪能して、私はベッドに入った。
そして、朝。今にいたる。
「にゃあ~…」
嘘でしょ!?
そう言ったつもりが、ニャアとしか言えない!?
絶対にあの飴のせいだ。
そう考えて昨日の引き出しを見てみるも、…いつもの引き出しに戻っていた。
ど、どうしよう。
深呼吸をしてまずは落ち着こう。
ふと窓の外を見ると、ふわふわの茶色い髪の女子生徒が散歩しているのが見えた。
ティファニーちゃんだ!
窓から見下ろしているので、髪止めがよく見える。
それは、おろしたてのお花の髪止め。
長期休暇明けの攻略対象者からの贈り物。
あっ、じゃあ今日はあの日かも。
ゲームの本筋とは関係ないちょっとしたファンサービス的な回。
攻略具合が分かるのもまた利点。
猫なら、近付いてもばれないかな…?
元の姿に戻る方法は後で探そう。
私はティファニーちゃんを追いかけた。
四本足でも特に違和感なく歩けるもの何だなぁ。
地面が近い。
早朝の学校なので、人気が少ないのは良かった。
流石に校舎内に猫がいると目立ってしまう。
前を弾むように歩くティファニーちゃんに気付かれないように少し距離を取って歩く。
私の優秀な肉球は、音を立てずに歩けた。
猫ってすごい!
なんだか楽しいなぁ。
そうこうしているうちに、ティファニーちゃんは目的地に着いたようだ。
予想通り、そこは小屋。
ワンコ先輩の所属する理科部で飼われている鶏の小屋だった。
◈◈◈◈◈◈◈
「好きな詩?」
ティファニーは鶏小屋の掃除を手伝いながら話した。
「はい。文化祭で詩の朗読会をすることになったんですが…。私は詩についてよく知らないので、いろいろな人に詩の良さとか、好きな詩を訊いてみようと思って」
「うーん。詩かぁ」
敷き藁のような髪のクレイグはそう呟き腕を組むと、黙り込んでしまった。
クレイグは朝が弱い。
夜、星の観察をしていて夜更かしばかりしているせいもあるらしいが、そのまま寝てしまいそうで、ハラハラしながらティファニーは掃除を続けた。
「…っと、えっと、何の話だっけ」
「詩について、です」
やはり一瞬寝ていたようだ。
あとはごみ捨てぐらいなので、先に寮にかえってもらったほうが良いかもしれない。まだ授業までは時間があるから、少しくらいは仮眠が出来る。
ティファニーがそう伝えようとすると、クレイグは頭を振った。
「あぁ、そうだった。そうだった。詩は、僕は苦手だなぁ」
ぼんやりと明後日の方向を見ながら、クレイグは頭をかいた。
「遠回しの表現が多くて、言いたいことがよくわからないんだ」
「…私もです。比喩表現が多くて…」
「授業でレポートを書かなくちゃいけないときがあってね。仕方がないから、カタツムリが出てくる詩を選んだ。カタツムリが食べそうな刺のついた植物は何かって」
「…カタツムリ」
どんな詩なんだろう。
「あんまり点数は良くなかったな。生物の先生には褒められたけど」
そこで何か思い出したのか、ティファニーを見た。
「何かの呪文みたいな詩もあるよね。同じ言葉を繰り返したり、なぞなぞっぽかったり」
「そうですね」
「小さい頃呼ばれたパーティーで…」
こういったとき、やはりこの人も貴族なんだなと思う。
普通にパーティーと言う言葉が出てくる。
ティファニーは、クレイグの小さい頃を想像した。
今みたいに少し眠そうな顔をして、正装している男の子の姿が思い浮かんで、なんだか微笑ましくなってしまった。
「女の子は砂糖とスパイスで出来てる。みたいな詩をうたってる子がいて…」
?
「雪だるまを作るみたいに砂糖で固めた顔に、飴で目玉を作って、髪はわたあめ。口はマシュマロで作るの? って聞いたら笑われた。シナモンは、どこに使うんだろうって、真剣に考えてたことがあった」
「砂糖で作ったら、溶けちゃいそうですね」
「あははっ。そうだね。大きなリボンで包んで結って…。あの頃はあの詩の意味がわからなかったけど…」
鶏のエサやりを終え、眠そうなクレイグはゆったりと立ち上がった。
ティファニーの前に立ち、顔を覗き込む。
「なんだか、意味がわかったような気がする」
「?」
クレイグの顔が近い。
眠そうな顔はとろけるような目で、少し潤んでいるようにも見える。
「君も、甘そうだね」
「!」
そのときのクレイグは、食べてもいい?
と目が言っている気がした。
だからティファニーは慌ててポケットから袋を取り出す。
「これ! よかったらどうぞ!」
袋に包んできたのはマドレーヌだ。
朝食までは時間があるので、掃除が終わったら二人で食べようと思っていた。
眠いのかと思ってたけど、お腹が空いたから、ぼんやりしてたんだ!!
「これは…」
驚いた顔。でも、いつもティファニーが差し入れをしているからか、条件反射のように手を出して受け取ってくれた。
「マドレーヌです」
クレイグは少し困ったようにマドレーヌを見ていた。
朝は甘いものは食べないのかな。
少し不安になったが、クレイグは一口食べてくれた。
「うん。美味しい」
「良かった…」
「ちょっと残念」
◈◈◈◈◈◈
…甘い表情でのそれは!
やっぱり、おまけイベントの日だったようだ。
詩の朗読会はクラスの出し物だから、クラスメイトではない攻略対象者は詩を朗読することはない。
でも折角なら、他のみんなの朗読するところも! と、ティファニーちゃんが他の人たちに詩を教えて欲しいとお願いする形で、聞けちゃうのだ!
ワンコ先輩は、朗読はしなかったけど、確か元の詩を朗読してくれる特別バージョンがどこかにあった。
それは、この現実では無理だろうけど、ここのシーンを見られただけで満足だ。
次は、双子のところ!
…気付いたんどけど、子猫の足だとちょっと遅い。しかも、歩幅が短いのでつかれやすい。
だから、先回り…
「猫…?」
エリックに見つかった!
逃げ出そうとするけれど、悲しいかな小さいこの体だと、ほんの数歩で追い付かれてしまう。
突然、宙に浮く体!
エリックに抱き上げられてしまった。
「!」
お願い、離して!
早く行かないと間に合わないの!
「よく鳴くな。親猫とはぐれたのか?」
違う!
はーなーしーてー!
エリックの耳には猫語しか聞こえていないらしい。仕方ない。
くらえ!肉球パンチ!
「んー? まさか、…魔王の化身とか言われてる奴か…?」
ちがうよ!
「そんなわけないか。…腹、空かせてんのか? 何を食べるんだ…」
手が緩んだ。いまだ!
私はエリックの手から飛び降りた。
猫の体はくるりと一回転して華麗に着地した。
「ニャア!」
ごめんね。後でね!
そんな気持ちを込めて、一応声をかけてから、いそいで次の現場に向かった。
…
「そう。大昔、失恋したショックで行方不明になった生徒がいて…」
双子とティファニーちゃんが教室の前で何か話してる!
でも、何か作業中なのか、机や椅子を動かす音で内容まではわからない…。
「…食糧庫の…」
「そう。…く年前のはな…らしいよ。僕…のお…さまが…」
私は声の聞こえる範囲まで急いで走って、物陰に隠れた。
「まぁ、歴史ある学校だからね。怖い話には事欠かないんだよ。だから、僕たちのクラスの出し物は、お化け屋敷。ティファニー、君も何か怖い話知らない?」
ぴったり!
今のマックスの言葉からこのシーンは始まってた!
「うーん。司書さんが言ってたような? 壊れない時計があるって」
「あぁ。それは、あれだろ。管理が行き届いてるって、自慢話なだけ」
「うん。多額の寄付金が入ってるからねぇ。あの時計塔、創立当時からあるって話だし。流石に止まったことがないなんて、あり得ないだろ」
だよな、とマックスとモーリスは同時に頷いた。
「それで、僕たちに何か用?」
「それがね、詩の朗読会をすることになったんだけど、私、詩についてよく知らなくて…。二人は好きな詩はなに?」
好きな詩?
二人はまたしても同時に聞き返した。
「詩、何だろう。詩…。マックスはこの間、詩集を読んでたよね?」
「う…。ぼく、は。その…。空に虹が架かったのを見て、感動したって詩が…。あと、虹立…」
「なに話してるんだ?」
ひょっこりとやってきたのは、ハーリィだった。
「ティファニーが好きな詩について、アンケートとってるんだって。ハーリィはなんかある?」
モーリスが説明している。多分、ティファニーちゃんは期待の目でみんなを見てるんだろうな。
「たけきものもついにはほろびぬ。だな」
ハーリィは即答した。
「えー。なんか暗い」
そう言ったのは、モーリスで、ティファニーちゃんは真面目にメモをとっている。
「一つの一族が滅亡したやつでしょ。それ」
「そうだけど。つまりは下克上だろ?」
かなりの良い笑顔でハーリィは言った。
「いいよな。きっと宝物庫には、財宝がたっぷりあるぞ」
「…それって、商人というより盗賊…」
「適正価格で買い取って、欲しい奴に売るんだから、合法だ」
滅びた一族から買い取る…?
モーリスが呟いたけど、多分ハーリィには聞こえていない。
「でも、詩についての課題なんてあったか?」
「ううん。文化祭の出し物。朗読会をやるの」
「あぁ。なるほど。…まぁ、本にのってる詩なら、何でもいいだろう。学級委員長がうまい順番を考えてくれるはずだ」
「あ、順番もあるんだ」
「それはそうだ。熱烈な愛の詩の次が、失恋の詩だったら意味深すぎるだろ」
「…確かに」
「そこは順番を考える奴の腕の見せ所さ」
みんながわいわい楽しそうに話している。
ティファニーちゃん、みんなと仲良くなれていて良かったぁ。
確か、ゲームではここまでだった。
次は司書さんのところに、行…
急に背後の誰かに持ち上げられた!!!
なにするの!
振り替えるとそこにはエリックがいた。
「! ニャニック!」
「こんなところにいたのか。まだ迷子か?」
あ、ティファニーちゃんが行ってしまう!
離して!
「ほら、動くな」
一度逃げ出されたからか、エリックは私をしっかりと掴むと近くの椅子に座った。
膝の上に乗せられる。
ううっ。作業着のズボン、使い込まれていて良い感じ…。
すごく居心地が良いな…。
「ほら、これ。もらってきてやったから食べろ」
痛くない程度に掴まれたまま、目の前に出されたのはちぎった鶏肉。
「ニャア~…」
手でちぎった鶏肉…。
人間の感覚では、なし、だ。
それなのに、鼻先に持ってこられると、とても良い匂いがすることに気付いた。
感覚まで猫になったのか、とても美味しそうだ。
たくさん動いたし、お腹は空いている。
「…」
ほとんど吸い寄せられるように、エリックの手から鶏肉を食べていた。
美味しい!
一口食べたらそこから止まらなくなって、あっという間に鶏肉を食べていた。
「ははっ。うまいか?」
嬉しそうに笑いながら、エリックは私の頭を撫でた。
「…」
本当にこの人は面倒見が良いんだなぁ。
「腹が減ったらまた来い。今度はチーズでも持ってきてやるよ」
そう言って、膝から下ろされた。
やった、解放された。
今からダッシュすれば、ティファニーちゃんと司書さんのイベントに間に合う!
「…」
ここはゲームの世界じゃないから、見逃したらもう見ることは出来ない。
やり直しもセーブも出来ないのは、分かってる。
でも、お腹が一杯になっちゃったから。
「お、なんだ?」
私は、エリックの作業着のズボンに小さな爪を引っ掻けてよじ登った。
「おい?」
仕方ないでしょう。
満腹の状態では走れないし。
「どうした」
エリックは再び私を掴んで持ち上げた。
掴まれるのは嫌。
私はじたばた暴れて、体をねじって手から抜け出した。そして華麗に膝の上に着地!
そのままエリックによりかかる。
「ンニャ」
これでよし!
私は、エリックの膝の上で丸くなった。
「逃げたと思ったら、戻ってきて。戻ってきたかと思えばまた逃げ出す。気まぐれなやつだな…」
うん?
どこかで聞いたことがあるような…。
そう。
私は知ってる。だって、何回も聴いたもの。
それは、わたしの…。




