おまけ
「これはね、ちょっとした論争を巻き起こしたシーンでもあったの」
ソフィアが真面目な顔で言うと、向かいに座ったエリックが眉を潜めた。
「論争…。あまり穏やかな話ではなさそうだな」
「うん。物語の解釈のはなし。だからもちろん受け手の自由。でも反対に言えば、正解がないとも言える」
「正解、か」
「そう。自由だよ? 確かに自由なんだけど、だからこそ決めたくなるのもまた心理…と言うかね、持論を展開したくなるの!」
そこで、自分が思いの外興奮しているのに気づいたのだろう。
ソフィアは一つ深呼吸をすると、椅子に座りなおした。
「ごめんなさい。…気になる人にはすごく気になるんだけど、どうでもいい人には、心底どうでもいい話なの…」
ゲームには全くの無関係な話だから、聞き流していいよ。
ソフィアが言うと、エリックは優しく笑って言った。
「でも、論争になるくらいなんだろう?」
「…うん。私は、気になったし、色々言い合った。でもどんなに語っても、平行線。決着はつかない…」
「解釈次第だから、か?」
白磁のティーカップを手に包み込んで、ソフィアは頷いた。
「うん」
「で、結局、どこの部分がそんなに問題があったんだ?」
今日ソフィアが語ったゲームのシーンは、昼休み、王子とティファニー・アンブローズと黒猫のシーンだ。
文化祭で詩の朗読会をすることになったと話すティファニーに、彼女の詩への苦手意識を感じ取った王子が手を差しのべるといった内容だ。
「…いつから、ビクター様はいらっしゃったと思う?」
「は?」
エリックは思わず聞き返した。
「ビクター様は、ここで待つようにと言われたから、って言ったよね?」
「あ、あぁ」
確かに、ソフィアの話ではそう言っていた、と、エリックは頷いた。
「でも、ティファニーちゃんは、その前ににゃんこ様に、話しかけているの! 『おいでおいで』、って!」
「そう言ってたな」
ティファニーは黒猫を見つけて呼び寄せ、弁当を食べないように制止した。その言葉をビクターは、自分に向けられたと勘違いした。
「つまり、ビクター様はティファニーちゃんがにゃんこ様に向けて言った『おいで』も、自分に向けられた言葉だと思ったから、ティファニーちゃんの元へと行ったか否か…」
「…えーと」
首をかしげたエリックに、ソフィアは話を続けた。想像してみて、と。
「裏庭を歩いていたビクター様。『おいでおいで』と呼ばれて近づき、『だめ、待って』で立ち止まり、『君はなにか綺麗な詩を…』で詩を語りだした派」
派閥があるらしい。
「もう一つは、裏庭を歩いていたビクター様。偶然、ティファニーちゃんを見かけ、話しかけようとしたところ、『だめ、待って』で立ち止まり…以下略派」
ソフィアは真剣な顔だった。
『『おいでおいで』で、素直に来るビクター様、天然すぎない?』
『 いや、王子なんだから、そんな風に呼ばれて行くことはないでしょう』
『でもそれならティファニーちゃんが、『君』と呼んだのは不自然に思わなかったのかな?』
声色を器用に使い分けながらソフィアが言った。
「…エリックは、どっちだと思う? 私は、『おいで、おいで』も聞こえてた派」
「えーと…」
「まぁ、どっちでもいいよって、呆れる派もあるの…」
「あぁ、うん」
その気持ちはわかる、とエリックはその言葉を飲み込んだ。
「その論争の終止符を打てるチャンスだったのになぁ」
結局、わからないままだった。
ソフィアは悲しそうに項垂れた。




