19,本探し
「プロウライト様は何がお得意ですか?」
司書のマナック・メーテルリンクがたくさんの本を机の上に並べて言った。
「水よ」
一応、ソフィアは水属性だった。
ビクター様と、ワンコ先輩が火で、司書のマナック先生は風。
因みにティファニーちゃんは、みんなの好感度を上げることが出来れば、全部の属性を使いこなせるようになる。
属性や魔法と言っても、この世界には魔物がいないので、とくに戦う相手はいない。
国同士の戦いも、今のところ心配はないようだ。騎士団があるので、何かあった場合はそちらに任せることになるだろう。
ゲーム内でも魔王が現れるまで、とくに戦闘シーンはなかった。
だからこそ、魔王が本当に存在したことにみんなが驚いたんだよね。
「水ですと、雨や雪などの天候を詠んだもの。雲でも良いですね。飲み物もありかな…ワインとそれに果実…」
どんどんと本が積み上げられていく。
短いものならなんでもいい。
悪役公爵令嬢の朗読は、特に目立つところではないのだから。
「ソフィア?」
私を呼ぶ声に驚いた。
えっ、何でここに?
驚いたけど、相手の方がもっと驚いただろう。なにせ、勉強嫌いのソフィアが放課後に図書室にいるのだから。
「ビクター様! どうされたのですか?」
そこには、数冊の本を手にしたビクター様がいた。
ここは、ソフィアとしては喜ぶところだろう。一オクターブ声を上げてみる。
「ビクター様も本を借りに?」
「あぁ。文化祭の資料と詩の本を」
「まぁ…」
えっ、もうビクター様が詩の朗読会のことを知っていらっしゃる!
つまりは、ティファニーちゃんと会っているわけで…。
あの、二人の天然炸裂イベントはもう終わっちゃったのか、と私は落胆した。
猫に真剣に相談するティファニーちゃんと、猫に言った言葉を自分に向けられたと思って、素直に立ち止まってひたすら待つビクター様。
ティファニーちゃんは自分のことでいっぱいいっぱいだったから気付かなかったけど、なかなかにビクター様の天然も貴重なものだったのだ。
…見たかったなぁ。
私がいたらそんな空気にはならないだろうけど、こっそり屋上からとか見れないかなとか考えてた。まさか、あのイベントが今日だったとは。悔しすぎる。
「ソフィア?」
急に黙り込んでしまったせいで、ビクター様は心配そうに私を呼んだ。
いけない。ちゃんと、ソフィアらしく振る舞わなくちゃ。
「い、いえ。わたくしも詩の本を探していたのです。文化祭の出し物で、朗読会をやることになったので」
「あぁ。訊いている」
ティファニーちゃんに教えてもらったということは、本来のソフィアなら知らないことだ。だから、特に反応しないでおく。
「ビクター様が来てくだされば、皆も喜ぶでしょう」
ビクター様が朗読会に来る前提で話してみる。
婚約者なんだから、見に来るのは当たり前。生徒会長として忙しいビクター様の予定など気にせずに、勝手に決めた。
もちろんビクター様は眉をひそめて険しい顔になった。
文化祭当日は忙しいから、無理だ。
素っ気なくそう断るんだろうな。
そう思っていると、ビクター様が口を開く前に、割って入る声があった。
「ちょうどよかった。ソフィア様。ビクター様にもご意見を伺ってはいかがですか?」
ずっとほったらかしにされていたマナック・メーテルリンクだった。
婚約者同士の会話に割ってはいるなんて、無粋な。
多分ソフィアなら、そう言わなければならないけれど、その前に、その提案は…!
「…っ、いえ。わたくしは…」
クレアもマナックも。
善意なのはわかるけど、ビクター様にはティファニーちゃんのために時間をつかってほしいわけで…!!
「わたくし、もう決めましたの」
私は、一番手前にあった本を掴んだ。
分厚くて大きな本だから、落とさないようにしっかりと抱き締める。
「これです。…借りるのに手続きは必要かしら?」
わたくし、ナイフとフォークより重いものなんて持ったことがないの。
普段からそんなことを素で言っている悪役令嬢が素早く重い本を持ち上げたからか、マナック先生は目を丸くしながら頷いた。
「え、えぇ。…こちらです」
「わかりましたわ。早くしてちょうだい。この後、予定があるの。…では、ビクター様、ごきげんよう」
「…あぁ。文化祭の予定については、善処しよう」
にっこりと笑って頷くと、なぜかビクター様は目を瞬いた。




