16,七人目は
「私も見たよ! ティファニーちゃんの覚醒の虹!」
長期休暇が開け、お土産を持参して私は旧校舎に直行した。
いつものようにエリックがお茶の準備をして待っていてくれた。
「わがままを言って、早めに領地から帰って来たその日だったの! きれいだったぁ。本物をこの目で見る日が来るとは…」
「あぁ。俺も見た。やっぱりあの虹がそうだったんだな」
エリックは甘党のようだ。
嬉しそうにお土産のクッキーを食べている。
「うん。そう。ティファニーちゃんがその能力を解放すると虹が架かる、ことが多い」
魔法の授業ではかかっていないから、魔力の強さとかその日の天気とかが関わってくるのかも?
「…室内で使った場合は?」
「…外に架かってたよ。天からの祝福って、ゲームの終盤でビクター様が言ってた気がする」
今のところ、無事にゲームのシナリオ通りに進んでいっている。
アーモンドが載ったクッキーを食べていると、甘い匂いに誘われたのか、足元に猫がやって来た。
「あれ、この子…」
紫色の瞳の黒にゃんこ。
頭を撫でると、擦りよってくれた。
「これで双子は攻略出来たってことか」
「…ううん」
「違うのか?」
「うん…。まだまだ。他の人と同じで、好感度をあげないといけないの」
王子には、こまめな挨拶。ワンコ先輩には餌付け。好感度を上げるためにそれぞれポイントがある。
そして、双子には。
「見分けゲーム」
「なんだそれ」
「マックスが転入して双子が揃うことになるでしょ。それで、ティファニーちゃんに興味を持った二人は、色々ちょっかいを出すの。兄のふりをして弟が話しかけたり、弟のふりして兄が授業を受けてたり」
親も見分けられないと言う二人だ。
もちろん見た目はほぼ一緒。
目の色が青と藍色とされているけれど、光の加減でほとんど同じに見えてしまう。
着ている服のボタンや刺繍が違ったりするのだけど、本当に少ないヒントだった…。
「ティファニーちゃんが当てられれば、好感度は上がるけど、当てられなかったらすっごく下がる…」
「お、おぅ」
「下がった好感度を上げるために、ワンコ先輩にあげるはずだったお菓子をあげたり、図書室に行く時間を割いて一緒に遊んだり…!」
そのときのことを思い出すと、なかなか進まないイライラがよみがえった。
膝にのせた黒にゃんこ様がしっぽをパタパタさせる。
「…コリンズ兄弟推しじゃない人には、ちょっと不評なミニゲームだった…」
にゃんこ様のお陰で取り乱したことに気づいたので、取り敢えず深呼吸する。
「…色々あるんだな」
エリックが紅茶のおかわりを入れてくれた。
「それで、あと一人は誰なんだ?」
「ん?」
話をかえようとしてくれたのか、エリックが聞いた。
「王子。ワンコ先輩。商人。司書。双子。これで、六人だろ。あと一人は誰なんだ?」
「もう揃ってるよ?」
あれ、言ってなかったっけ?
私は首を傾げた。
「好感度を上げるのが重要だから、最初に攻略対象者に出会わないと、でしょ」
コリンズ兄弟がちょっと遅すぎるくらいだ。
「入学式のとき、ビクター様よりも先に会ってる」
「…目の前で転んだとか言う生徒か?」
違うよ。
私は首を振った。
「この子だよ」
「にゃん」
流石はにゃんこ様。
話題にされたのが分かったようで、膝の上のにゃんこ様が一声鳴いた。
「は? 猫が…?」
「そう。寮で一人暮らしを始めなくちゃいけなくなったティファニーちゃんを優しく励ますこのお方こそが、攻略対象者」
「…猫が」
「可愛がれば可愛がるほど、お部屋で一緒に寝てくれたり、お腹みせてくれたり。好感度上げるのが一番楽しかったなぁ」
悪役令嬢に懐いてしまってはいけないから、今はご飯をあげるのは我慢しなくちゃいけないのが悲しいけど。
「猫、ねぇ」
「エリックも撫でる?」
じっと見てきたので、聞いてみる。でも、首を横に振った。
「いいや。猫はいい」
「? そっか」
ファンブックには、猫のおやつを常に持ち歩いてる。って書いてあったのに。
隠れ猫好きなんだろうか。
「でも、このにゃんこ様はただの猫じゃないんだよ」
「?」
喉をかいてあげると、嬉しそうにゴロゴロ鳴らしてくれた。
「ニ巡目で、実は魔王の化身だったことが明かされるの!」
「ゴホッ!」
エリックがむせた。
その音に驚いたのか、にゃんこ様は私の膝から降りて行ってしまった。
「エリック、大丈夫?」
「…いや、今、何て言った?」
何か涙目だ。
ハンカチを渡して、新しい紅茶を入れてあげる。…そんなに粉っぽいクッキーだったかな。
「あのにゃんこ様は魔王様の化身」
「嘘だろ…」
絶望したような顔のエリック。
「うん。一巡目ではみんな、ただのマスコットキャラだと思ってた。でもね、…長い眠りの中、魔王は徐々にその力を取り戻していった…」
頑張って、あのゲームの声優さんっぽいナレーションの重厚感を出す。
「…不完全ながら、結界から溢れた魔王の魔力は、偶然近くにいた動物の形を真似、外の世界へと顕現するー。そこで、記憶を引き継がれなかった魔力の塊は、美しい光に引き寄せられたのだった」
どうだろう?
ちょっと期待してエリックを見ると、…白けた目でこちらを見ていた。
「…そんなに私のお話、下手だった?」
「いや、ソフィアの話し方は悪くない。そのゲームの再現ができてるんだろ。…ただ、内容が…」
「ん?」
あ、そうか。
「大丈夫! 一巡目は、本当に普通のにゃんこのままだから、怖くないよ!」
「ニ巡目は?」
「ニ巡目…?」
ゲームをしたことのない人に、ゲームを説明するのは難しい。私はちょっと考えてから、答えた。
「途中までは一緒。出会いかたも、攻略方法も。ただ、やっぱり分岐点があって、その選択で、魔王は記憶を徐々に取り戻していくの」
私は、一口紅茶を飲んだ。
「魔王の記憶が曖昧だったとき、ティファニーちゃんの優しさに触れ、魔王はティファニーちゃんに惹かれていって…」
それがだいたいの内容だ。
「それが魔王ルートってやつか…?」
「うん」
「猫になって、女子生徒の膝の上でゴロゴロ言って、部屋に泊まるって、それで良いのか?」
眉間に皺を寄せながら、難しい顔でエリックが言う。
「猫だよ?」
「いや、魔王なんだろ」
「でも、記憶は無いし…」
記憶が戻ってくるのはゲームの後半だ。
それまでは、普通の猫。
「それで、いいのか…」
今一、エリックが言いたいことが分からない。
「ここが、ニ巡目の世界だったら良かったのにね」
「いや、そっちの方がまずいだろ…」
疲れたようにエリックが言った。




