15,コリンズ
「相変わらず、一言一句合ってんのなぁー」
エリックは濡れた廊下をモップで拭きながら、二人の男女の生徒が重そうな辞書を持って歩いていくのを見守った。
これも「イベント」の一つ。幽霊コリンズの回、だそうだ。
長期休暇に入る前に、熱く語った公爵令嬢の姿を思い出す。
「幽霊コリンズ。夏だからか、少しだけホラー風な回なの! でも、別に本当に幽霊じゃないよ! 安心安全全年齢対象作品!」
この公爵令嬢は時折、呪文のような言葉を使う。それが新鮮で、見ていて飽きない。
「ティファニーちゃんが会ったのはマックス・コリンズ。学校の生徒じゃないの」
「ん? でも、コリンズは…」
「学校に通ってるのは、双子の弟で、モーリスって名前の男の子。瓜二つで親でも見分けがつかないんだって」
「ティファニー・アンブローズが会ったのは兄の方なのか? でも、なぜ入学しなかった?」
コリンズ家は、もちろんだが貴族だ。
エリックの疑問に、ソフィアは悲しげに微笑んだ。
「ここは、魔法学校だから」
「…そうか」
魔力のある人間同士で婚姻を繰り返した結果、高い魔力を持つ者は貴族が多い。
しかし、ティファニーのように例外もある。
一般市民に魔力持ちが生まれることもあれば、その逆も然り。
「モーリスの双子の兄、マックス・コリンズには魔力がなかったの」
魔力がなければ、魔法学校に入学しても意味はない。
マックスは魔法学校に入学出来なかった。
「でも、マックスは憧れの魔法学校に行ってみたくて、夏休みの間、こっそりと学校に行ったの。帰省しない生徒もそれなりにいるから、誰も気にしないでしょ」
仲の良い双子の弟も協力した。
父親にばれないよう、国外へ行くよう仕向けたのだ。
「魔法学校の学生生活を擬似体験して満足したところに、ティファニーちゃんと偶然出会うの。魔法学校に入学した庶民。思わず、マックスはティファニーちゃんに嫌がらせをする」
重い荷物を持たせたり、そのくせ、急かして悪態をついて。
「でもね、育ちが良くて、心根は優しいマックスのする嫌がらせは、全くティファニーちゃんには通じなくって」
自分は鍵しか持たず、重いものを女の子一人に持たせる。
それだけで、マックスにとって罪悪感で一杯で勇気がいる行動だったのに、ティファニーは気にしていない様子だった。
それなら、と焦らせたり悪態をついたり、思い付く限りの我が儘を言ってみるが、それも効かない。
「なんかそれを考えると、ソフィアの嫌がらせって酷すぎない?…て思うよね…」
マックスと同じで育ちが良いはずなのに。
ソフィアは遠い目をした。
「…まぁ、それは置いといて。階段を落ちかけたティファニーちゃんに驚いて、重い荷物を持たせた自分のせいだと、マックスは自分を責めちゃうんだよね」
それで、真っ青な顔で逃げ出した。
「魔力がなくて入学できなかった貴族。それで幽霊、か」
「うん。魔法学校にいるはずのない存在。自分は幽霊なんだって」
一人になったマックスは、結局、資料室の鍵を捨て置くことが出来ず、教諭に返しに行く。
そのとき、辞書を持ってきたティファニーたちと鉢合わせて、全てが発覚する。
「そのときのティファニーちゃんの言葉が良くってね!」
バンバンとテーブルを叩いて興奮して、ソフィアは言った。
「『あなたは、幽霊じゃないよ。ちゃんとここにいる』。そう言って、手を握るの!」
遠くを見つめてソフィアは続けた。
「ティファニーちゃんは望んでないのに、魔力を持っていて、学校に通わなくちゃならなかった。マックスとは正反対。そんな二人が出会い、そして、ティファニーちゃんが覚醒する」
「…覚醒?」
ソフィアは誇らしげに言った。
「そう。救国の乙女の力。それで、マックスの魔力が解放される」
◈◈◈◈◈◈
「幽霊なんかじゃないよ。あなたは、ここにいる」
包み込むようにティファニーはマックスの手を握った。
その温かさがマックスの手に伝わり、そして、手から体中に駆け巡る。
「えっ」
体がぽかぽかと温まった感覚に戸惑う。
そんなに自分は寒かったのだろうか?
空腹が満たされたような、眠りに落ちる直前の心地よい感覚のような…。
やがてその温もりは、一点に集まった。
心の奥底、脳の裏側。もしくは、両手の平。
『感情と一緒で、それはどこに宿るのか誰も分からない。』
たくさん読みあさった魔力についての書籍の一文が頭に浮かんだ。
「こう言うことだったんだ…」
ホロリとマックスは涙を流した。
「ごめんなさい!」
目の前の少女が慌てて手を離そうとしたから、マックスはそのまま手を強く握った。
「ううん。もう少しこのままでいて」
◈◈◈◈◈◈
「…で、マックスの魔力はどうなるんだ?」
「他の人よりは少ないけど、ちゃんとあるよ。後でちゃんと調べ直したら、少ないせいで感知できなくて、魔力がないと思われただけだったみたい。本人も、周りに言われたから、魔力はないと思い込んでて」
魔力の有無やその量、性質は変わらないとされる。だから、子供のころに一度調べたら、再度調べることはないそうだ。
そのため、誰もマックスの魔力に気付くものはいなかった。
「ティファニーちゃんがマックスに自信をもたせてあげたから、マックスは自分の魔力に気がつくことができたの」
半年後には自分を断罪する少女をソフィアはにこにこと嬉しそうに褒める。
「…さすがにその瞬間は確認出来ないか」
「?」
「用務員が近づいたら、雰囲気が台無しだろ」
「あぁ。大丈夫。ティファニーちゃんが覚醒したかどうかは、わかるよ」
「? 何でだ?」
「スッゴいきれいだから!」
ソフィアはそれ以上語らなかった。
見ればわかると言っていたが…。
「あぁ。なるほどな」
どうやら、覚醒はうまく出来たようだとエリックは確信した。
「マックス・コリンズの弟も攻略対象者。これで六人が集まったのか。後一人は誰なんだろうな?」
エリックは空を見上げる。
いつの間にか雨が止み、空には大きな虹がかかっていた。
マックス;双子。どちらかというと文系。
[公式ファンブックより]




