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悪役令嬢ですが、シナリオを順守することに決めました  作者: 飴屋


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14/25

14,夏休みの学校

◈◈◈◈◈


しとしと降る雨は、夏なのに肌寒く感じるほど気温を下げた。


「あ、そこ。床が滑りやすいから気を付けて」


そう教えてくれたのは、藍色の瞳に赤茶色の少し癖のある髪の男子生徒。

ティファニーと同じ一年生。

友人のリンジーと一緒に話しているところを見かけたことはあったが、こうして話すのは始めてだった。


「ありがとうございます」

「敬語じゃなくていいよ。どういたしまして」


教室以外では、こうして普通に話しかけてくれる人も増えた。


「今日は災難だなぁ。折角の夏休みなのに」

「…」


夏休みに入って一週間。

ほとんどの生徒は実家に帰省した。

帰省していないのは、家が遠かったり、馬車を手配出来ない下位貴族や、進学の関係で学校にいたい学生くらい。もちろん、ティファニーも馬車代を節約するため帰省はしない。


生徒会長のビクター様は、お城がお家なので、帰省された。でも、生徒会のお仕事があるからよく顔を出されてるし、クレイグ先輩も部活で飼ってるシロのお世話で帰省しなかった。


長い休みなので暇かなと思いきや、偶然知り合った先輩たちの仕事を手伝っているので、わりと充実している。


今日は雨が降っているので図書室で勉強をしようとしたら、教員に雑用を頼まれていた。

教員に「コリンズ君と一緒に、頼んだよ」と言われ、今に至る。このとき、始めて彼の名前がコリンズだと知った。


「えらいねぇ。僕一人だったら、そんな荷物、どこかへ置いて帰るよ」


ティファニーは書類の入った大きな箱を持ち直した。

コリンズは同じく教員に頼まれ、手渡された三本の鍵をカチャカチャ動かして遊ぶ。


「あ、こっち」


コリンズがまっすぐ進もうとしたティファニーを止めた。


「資料室は…」

「この先にあるのは第二資料。第一資料室はこっちなんだよ」


そうしてコリンズが指差したのは上りの階段。


「あの先生は、数学の先生でね。数学科の研究室はこの棟の最上階にあるんだ。で、その隣が第一資料室」


コリンズが指差したのは、上りの階段だった。手すりの木目が綺麗で、一瞬ティファニーは見惚れた。


「そうだったんだ。ありがとう」


素直にお礼を言うと、コリンズはきょとんとした顔になった。


「えっ? 何でお礼?」

「? だって、私は知らなかったから…。コリンズさんが教えてくれなければ、一度先生のところに訊きに戻らなくちゃいけなかったもの」

「…なんか君って変な人だね」


クルンと、コリンズは鍵を回した。


「…ごめんなさい。貴族の方のことはまだよく分からなくて」


元々、貴族とは接したことのない家で育った。入学してからもクラスメイトの輪には入っていけず、ティファニーは貴族というものがよく分からない。


ビクター様、生徒会の方々や、クレイグ先輩は私に優しいけど…。


優しいがゆえに、「ティファニーはそのままで良い」と言って、余程のことでない限り浮いた行動をしていても直してはくれないのだ。


軽い足取りでコリンズが階段を上る。

階段の踊り場まで行ったところで、振り返った。


「…遅いよ」

「ご、ごめんなさい」

「もう、いい。先に行ってる」


たったったっ、と静かな校舎内でコリンズが階段を上っていく音がする。

ティファニーも慌てて荷物を持ち直し、駆け足で階段を上った。


「つ、ついた」


コリンズの足音を追うようにティファニーは階段を上ったが、そこにコリンズはいなかった。


「あれ?」


まっすぐな廊下は見晴らしが良い。

しかし、どこにもコリンズの姿が見えない。


「先に資料室に入っちゃったのかな…」


人の少ない校舎内は小さな音でもよく響く。


鍵をあける音も、扉を開ける音もしなかったような…?


不思議に思いながらも、ティファニーは扉の前にある表札を見る。

歴史のある古い学校らしく、少しくすんだ表札には流れるような美しい字体で歴史科、教材室、と彫刻してある。


「数学科は…」


ティファニーが呟くと、カチャリ、と音がして、数個先の扉がゆっくりと音を立てながら開くのがみえた。

誰も出てこないので、ティファニーはその扉の前に立った。


第一資料室とある。


「…失礼します」


一度持っていた荷物を下ろし、ティファニーは扉を完全に開けた。


「…コリンズさん?」


扉が開いたので、やはり先にコリンズが入ったのだろうと、ティファニーは荷物を持って中に入った。


資料室の中は、なんと言うか混沌としていた。

壁一面にある本棚の中には、本がところ狭しと並べられ、隙間という隙間に本が入れられている。

机や棚にも書類が雑多に置かれ、足の踏み場もあまりない。


「…」


持ってきた荷物をどこに置けばいいのか、ティファニーは途方にくれた。


「おっそ。何ぼんやりしてるの?」


コリンズが積み上げられた本の間から出てきた。


「コリンズさん…。これ、どこに置けばいいんだろう…」


ティファニーの持っている荷物は両手一杯広げてやっと持てるほどの大きなものだ。この部屋では、これを置く場所も見つけるのに一苦労しそうだ。


「…そこら辺でいいんじゃない?」


コリンズが指差した先には、確かにティファニーが持ってきた荷物を置けるぐらいの場所があった。


「で、今度はあれみたいだよ」


その先には、段ボールに入った辞書が数冊。


「これね。ありがとう」

「っ! だから、何でお礼を言うのさ」

「? だって、先に行って用意してくれていたんだしょう?」


目印として扉を半開きにしていてくれたお陰で、ティファニーはまっすぐこの部屋に来ることが出来た。重たい荷物を持ったまま探さずにすんだのだ。

それに、この混沌とした中で、先生に頼まれた物を探すのも大変だ。おそらく、この空間を作りつつ、辞書を探しておいてくれたのだろう。


「あんたって、おめでたいやつ。なんでこんなやつが…」

「…?」


コリンズはそう呟くとそのまま部屋を出ていってしまう。


「鍵閉められないから、早く出てくんない?」

「はい! ごめんなさい!」


慌ててティファニーは段ボールを持ち上げた。


「…」


文句を言いながら、コリンズは前をどんどんと歩いていく。

階段に差し掛かったとき、段ボールに限界がきた。


「!」


重たい辞書を何冊も入れられた段ボールは、底が壊れ、なかの辞書がすべて落ちた。

ザザーっと、階段を滑り落ちる。


「何やってんの!」

「ご、ごめんなさい」


ティファニーが拾おうと腰をかがめたが…。


「!」


バランスを崩してしまう。

手をつこうとするが、目の前は階段。

ティファニーが落ちる覚悟をしたとき、腕を掴まれた。


「!」


そのまま強い力で引き寄せられ、ポスリと誰かの腕の中におさまる。


「おい、平気か?」

「…あっ」


恐る恐る目を開けると、そこには焦ったか顔のハーリィがいた。


「ハーリィさん…」

「ったく。あんたって、危なっかしいな…」

「ありがとう。…びっくりした」


ハーリィに引っ張られていた腕を解放してもらい、ティファニーは廊下に立った。


「あっ…」


そこで階段の下で真っ青な顔をしているコリンズと目があった。


「あの…」


驚かせてしまったようだ。

ティファニーが駆け寄ろうとしたとき、ハーリィが言った。


「で、あんたは一人でこんな大荷物持ってどうしたんだ?」

「えっ?」


振り返ると足元の辞書を拾ってくれていることに気づいて、慌ててティファニーも辞書を拾う。


「あの、ハーリィさん」

「呼び捨てでいいって」

「…ハーリィ。私、一人じゃないよ」


コリンズは前を歩いていたから見えなかったのだろう。ちゃんと、紹介しなければ。


そう思ったティファニーは辞書を片手に顔を上げた。


「あれ?」


しかし、そこには誰もいなかったのだった。


「…コリンズさん?」


ティファニーが呼び掛けても返事はない。


「コリンズ?」

「うん。先生に頼まれて、コリンズさんと一緒に資料室に…」


先に行ってしまったのだろうか。

真っ青な顔を思い出す。


具合が悪くなってどこかで倒れていなければいいけど…。


心配しているとハーリィが怪訝そうな顔になった。


「俺は向こうの棟からティファニーの姿が見えたから来たんだ。コリンズの姿は見てない。それに」

「?」

「休みの直後に国外へ行く船でコリンズと会ったんだよ。そのとき、父親の仕事について回るから、帰るのは休みが開けてからになるかもしれないって言ってた。だから、この時期にあいつが学校にいるわけがない」

「えっ?」


本当にコリンズだったか?


ハーリィに訊かれ、ティファニーは返答に困った。


「数学の先生がそう呼んでいたから…」

「あの分厚い眼鏡をかけた教師か?」

「うん」

「うーん? コリンズって姓の奴はこの学校に一人しかいないはずだけどなぁ」


ハーリィは頭をかきながら、壊れた段ボールを持ち上げた。


「これは、もう使えないだろ」

「そうだね。二回に分ければなんとか持っていけるかな」


他に辞書を入れられるような箱はない。

ティファニーが持ち上げようとすると、ハーリィが止めた。


「なんで一人で持っていく前提なんだよ」

「えっ、だって…」

「いいから。ってか、コリンズは何してたんだ?」

「鍵を開けてくれたよ?」

「…あんた一人にこの重たい荷物を持たせて、か?」

「…最初に先生に頼まれたの私だったから」


教師に頼まれたとき、偶然通りかかったコリンズに鍵を渡したのだ。


「女子に荷物を持たせて自分は鍵だけってあり得ないだろ…」

「私は、お掃除とか荷物を運ぶのに慣れてるから、別に平気だよ」

「いや、あいつはそんなやつじゃなかったはずだぞ」


そう言えば、ティファニーのことをおかしなやつとか、おめでたいやつだとかいっていたけど、もしかしたら重い荷物を持たされても平然としていたからなのかもしれない。


「で、でも、先に行って荷物をまとめてくれたりしてくれたから」

「それだけだろ。あんたの方が重労働なのは違いない。転びそうになったのもそのせいじゃないか」

「それは、…そうだけど」


いい淀んでいる隙に、ハーリィはティファニーの手から辞書を奪い取った。


「ティファニーはそっちを持て」


重い辞書はハーリィが全て持ってしまう。残った数冊の薄い本だけが階段の上に残された。


「…持てるのに」

「いいから、さっさと案内しろ。終わったら、コリンズを捜すぞ」



◈◈◈◈◈◈


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