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悪役令嬢ですが、シナリオを順守することに決めました  作者: 飴屋


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13/26

13,時計塔

女子寮に行って、取り敢えず置きっぱなしにするつもりだった教科書を手にした。

休暇中、勉強するつもりは一欠片もない。明らかにソフィアのキャラではないからであって、夏休みに遊び倒すためではない。

でも帰り道、うっかりビクター様に会ったときに手ぶらだと本当に言い訳が出来ないので、それっぽい物を持っていなくては。


待たせている馬車に戻る途中、時計塔の前に来た。


真正面に立って、その大きな大きな時計塔を見上げる。


「あれ、まだ学校にいたのか?」


声に振り替えると、用務員姿のエリックが箒を持って立っていた。


「エリック」

「てっきりもう帰ったと思っていたけど、忘れ物か?」

「…今日は、ビクター様と街に遊びに行ってたの。それで、家まで送ってもらうのは気が引けたから、ここでお別れを」

「ふぅん。それで、私服か」


私は自分の姿を見る。

白いドレスは、ソフィアのとっておきの服。服に合う靴を選ぶために一時間かけてみた。

髪も時間をかけて編み込んでもらって、髪飾りはビクター様の目の色に因んで赤い石。アクセサリーもつけてお化粧もして、と準備に時間がかかった。


だからだろうか、今日は「ソフィア」の存在が大きかった。


「良かったな」

「何が?」

「だって、好きなゲームだったんだろ? その登場人物と遊べたんだから、楽しかったんじゃないのか?」

「…」


ビクター様は私の推しじゃない。でも…。


「いいのかな。私が楽しんで…」


私は悪役令嬢で、ビクター様に嫌われると自覚してもなお、婚約破棄のため行動を改めない。

お疲れのビクター様に更なる負担をかけてばかりの一日だった。

そんな私が、楽しむなんて…。


「いいだろ」


あまりにもあっさり言われて、戸惑う。


「別に、ここで感想を言うくらいは、悪役令嬢のイメージを崩さないだろ」

「聞いてくれるの?」

「まぁ、ちょうど掃除をするところだったから、耳は暇だな」


そう言うと、エリックは時計塔の下のベンチを指差した。

夕暮れの中、夏休み直前の学校は人が少ない。私は、そばに誰もいないのを確かめて、ベンチに座った。

エリックは満足そうに頷いて、箒で地面を掃きはじめた。


「埃っぽいのが難点だな…」

「うん。でも、この方が他の人には聞こえなだろうから…」


竹箒なので、地面に擦れる音がなかなかに大きい。

これなら万が一近くに人がいても、声は届かない。私は安心して話し出した。


「あのね…。ビクター様がすごいの! いつもよりヒールの高い靴だってすぐに気付いてくれて、ほんの少しの段差でも、エスコートしてくれて。あと、一緒に食事もしたんだけど、マナーが完璧なの! お手本の先生みたい。お疲れなのに、お芝居も真剣にみてらして役者さんの身のこなしを…」




「…それで、揺れる馬車の中でも…」


夢中で話していると、鐘が鳴った。


「あっ…」


それはこの学校のシンボルの時計塔の鐘。


「ご、ごめんなさい! もうこんなに時間が経ったんだ!」


よく見ると、私の回りの地面は綺麗に掃き清められている。とっくに掃除は終わっていたようだ!

ただ無意味に箒を動かしていただけ。


「おぅ。少しは満足したか?」

「うん。ずっと、我慢してたから…」


大好きなゲームだった。

大好きなキャラクターと一緒に過ごせて、イベント以外の姿を見られる幸せ。

ビクター様も、ティファニーちゃんも、ワンコ先輩も。

アイドルの素の部分を見られたファンみたいな感じ?

そんな気持ちをずっと押し隠していたので、辛かった。


「ありがとう。私のおしゃべりに付き合ってくれて。…引いた?」

「驚きはしたが…」

「うぅっ…。だって、ビクター様がゲームよりももっと素敵だったから!」

「じゃあ、作戦は中止か?」

「まさか。…ビクター様はとっても素敵な方だけど、私、同じ熱量でティファニーちゃんやワンコ先輩についても語れるよ?」


聞いてくれる?


エリックに訊くと、また今度な、と流された。若干、ひきつった笑顔だった気がしたけど、悪役令嬢に社交辞令は通じない。今度、とびきり美味しいお菓子を持っていって、聞いてもらおうと決めた。


「つまりは、恋愛感情じゃない、と」

「うん」


ときめくけど、ティファニーちゃんと一緒にいる姿を見た方が嬉しいくらいだ。


「でも、以前のあんたは?」

「…うーん。どちらかと言うと、みんなが欲しがる一番良いのが欲しかった、みたいな感じかなぁ」


以前のソフィアは、みんなの憧れの王子様に優しくされる自分が好きだったのだ。


「だから、婚約破棄を告げられて国外追放されるシーンを思い出した途端、気配は薄くなっちゃった」


今日は、また王子様に優しくされて出てきたけど、それも一過性のもの。

滅亡、みんなの前で断罪、婚約破棄に国外追放。

呪文のように唱えれば、ソフィアは小さくなる。


ソフィアに、ピンクダイヤモンドは似合わない。


「そっか。…時間は平気なのか?」

「そうだった!」


私は慌てて立ち上がった。


「馬車を待たせてるんだ。もう帰らないと」

「おう。今度は、休み明けか?」

「うん」


ティファニーちゃんに必要以上に会うのは怖い。だから、夏休みは学校にこないつもりだ。私は時計塔を見上げた。


「この時計塔、学校のシンボルでしょ」

「あぁ。創立当時からある」

「ゲームのオープニングも、この時計塔の鐘が鳴っているところから始まるの」


青空にどこまでも響く、澄んだ鐘の音。


「いつもどきどきしながら、聴いてた」


だから、休み前にもう一度実物を見ておきたかった。


「休み中も悪役令嬢の演技がんばる。あと、これから起きるイベントの書き出しとか…」

「国外追放されたときの準備もしておけよ?」

「あー、一応、行きたい国のリストアップはしてるんだけどね」

「ははっ。休み明けに教えてくれ」

「うん! お土産買ってくるから、またゲームの話させてね!」


私は、時計塔の下に立つエリックに手を振った。


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