12,ソフィアとビクター
当分は好感度を上げる時期だから、特に私の出番はない。
ゲームで悪役令嬢としてソフィアが出てくるのは、夏休み開け。
でもすっかり忘れてたけど、ここは私の日常で、そして私は王子様の婚約者…!!
「お待たせしました。ビクター様」
「いや。…よく似合ってる」
「まぁ、ありがとうございます! この日のために作らせましたの」
私はとっておきのドレスを着て、にこりと微笑んだ。
初夏らしい白く繊細なレースをふんだんに取り入れた、真っ白なドレス。歩く度にヒラヒラふわふわと動く裾が楽しい。
大好きなビクター様に褒められてご機嫌な顔…をしなければならない。
婚約者同士、交流を深めるための一月に一度のデート。
これが毎日ソフィアが生徒会室に押し掛けてこないための、ビクター様の予防線。
月に一度は君のために時間を作るから、ほかの時間は仕事を優先させて欲しい。
ビクター様に言われたソフィアは、まず「君のため」と言うところで喜んで頷いた。
その後家に帰ってから、「月に一度」に不満を持ったものの、使用人たちに
「ビクター様のお仕事のために耐えるなんて素晴らしい!」
と持ち上げられて納得したのだ。
もちろん演技である。
私の中に眠っているわがままソフィアを表に出しただけ。
ただ、ビクター様は予測以上に忙しかったようだ。四月から今回の七月まで、約束は守られず、私としては平和な時間だった。
特にイベントや伏線でないのなら、悪役令嬢の演技はあまりしたくないのになぁ。特に今日なんかは自由演技だし。
そう思いつつも、ここでソフィアから断るわけにもいかないので、にっこりと微笑む。
「三度も約束を破ってしまって悪かった。今日は一日空けたので、君の好きなところに行こう」
「まぁ! 嬉しいですわ」
「どこか行きたいところは?」
ドレスにお菓子に宝飾品。
ソフィアが行きたそうな所はすぐに思い浮かぶ。
でも。
ずっとティファニーちゃんを見てたからわかる。
生徒会のお仕事は今、とても忙しそうだ。
秋には色々と学校行事が多く、更にこの人は王子としての公務もこなさなければならない訳で…。私は、疲れを見せないビクター様に言った。
「…わたくし、お芝居を見てみたいですわ」
芝居なら座ってるだけ。
薄暗い中なら、うたた寝だって出来ちゃう。
「芝居?」
ソフィアらしくはない答えだ。
ビクター様に怪しまれないように、言葉を重ねる。
「えぇ。最近流行りの演目があるそうですの。お友達に教えてもらって。よく聞いてみたら衣装は、いつも懇意にしている方が監修したそうで!」
流行り、衣装のドレス。
どれもソフィアの好きな言葉なのでビクター様も納得してくれるだろう。でも一応もう少し、理由を付け足す。
「それに、父と母も学生時代、劇場でお芝居を見たと言っていて…」
「あぁ。なるほど。では、芝居にしようか」
どうやら納得してくれたようだ。
公爵邸からビクター様のエスコートで国一番の劇場へ連れていってもらう。
劇場は、観たこともないくらいに広くて、ただの出入り口なのに天井が高かった。所々に飾られた花も豪華で、他のお客さんもみんな綺麗なドレスを着てる!
気圧されそうになるけれど、ソフィアだって公爵令嬢。
澄ました顔で、ビクター様の腕に手を掛ける。
もちろんと言うかなんと言うか…、一番良い席に案内された。
桟敷席なので軽食をとりつつ、プライベートな空間でゆっくりとお芝居を楽しめる。
唯一の誤算は、ビクター様も普通に観覧していたことだった。
お腹いっぱいで薄暗く、演目はよくある恋愛物!
絶対寝てしまうだろうと思っていたのに、良い姿勢を保ったまま、しっかりと物語を追っている。
「ソフィア?」
思わずビクター様を見ていたら、視線に気付かれてしまった。
「あ、いえ。…」
流石に寝ても良いですよ。とは、言えない。誤魔化すために、お茶を一口飲んだ。
「この後のことだが」
「?」
食事もしたことだし、公爵邸に送り届けてもらって終わりだろう。
ビクター様も忙しいから、早く学校に帰りたいはず。
…でも、ソフィアなら、駄々をこねなくちゃいけないのだ。
嫌がられると分かっていることをしなければいけないのは、少し憂鬱だった。
「…宝飾店で良いだろうか?」
「えっ」
まさかの発言!
デートはまだ続くんですか!?
思わず言いかけそうになったので、持っていた扇子で口を隠した。
「もちろんですわ」
自分が行きたかった場所に連れていってもらってご満悦。の顔。
でも、おかしいな。
ビクター様はソフィアに興味はなかったはず。
なんで、自らソフィアとの時間を増やそうとしているんだろうか?
「これ…」
退屈なお芝居を見終わって、多分、国で一番古く高級な店に連れてきてもらう。
もちろん、ソフィアも御用達だ。
そこで特別室に案内される途中で、私はそれを見つけた。
ピンクダイヤモンドに似た、透明感のあるピンク色の石のネックレス。
石は小ぶりで、ソフィアなら見向きもしないシンプルなデザイン。
ただ、このネックレスには見覚えがあった。
それは『七色の虹』に出てくるアイテム!
年末に行われる舞踏会のときヒロインが首に飾るもの。実際に数量限定で同じものが販売されたのを、ネットで見たことがあるから、間違いない!
…欲しかったけど値段が高すぎて、私には手が届かなかった。
「…」
「ソフィア?」
私が立ち止まったから、ビクター様が不思議そうに戻ってきた。
「何か、お気に召したものはありましたか?」
このお店の店長さん、を越してお店の奥から急いでやってきた偉い人が優しく訊いた。
「あっ、ええと」
そのとき、本当に小さな声で、「このネックレスが欲しい」と声が聞こえた気がした。
それはどこかで聞いたことのある声で「このネックレスが欲しい。このネックレスがわたくしのものになれば、ビクター様はわたくしから離れていかないのでしょう?」
と。
「あっ…」
これは「ソフィア」だ。
悪役令嬢でわがままな女の子。
ティファニーちゃんに意地悪ばかりしている。
今、ここでこのネックレスを買ってしまえば、物語は改変される。このネックレスがティファニーちゃんの手に渡らなければ、物語は変わってしまうのは間違いない。
でも、だからと言って、ビクター様がソフィアを好きになるのとは違うよ?
そう考えても、私の中の「ソフィア」が色々言い訳を重ねる。
わたくしの婚約者を誘惑するティファニー・アンブローズが悪い。
庶民のくせに、身の程知らずな方が悪い。
わたくしの方が被害者よ。
「お嬢様がご覧になっているのは、こちらですか?」
頭の中でごちゃごちゃうるさい「ソフィア」を黙らせるため、私は店長さんに頷いて見せた。
「えぇ。これを見せてちょうだい」
「かしこまりました」
店長さんは、ピンクダイヤモンドのネックレスの隣のアメシストのブローチを手に取った。
「今日はとても楽しかったですわ」
夕暮れの馬車の中、隣に座るビクター様に私はご機嫌でお礼を言った。
お芝居にお買い物。
その後に、お茶まで飲んで一日中構ってもらえたソフィアはご機嫌だ。
あの宝飾品店のブローチは、ビクター様が買ってくれた。
髪飾りに直してもらって、届くのは一週間後。
この後、まだ書類仕事が残っているビクター様の予定など気にしないフリをして、私は無邪気に喜ぶ。
「ビクター様からの贈り物。大事にしますわ」
「すまないな。 俺と一緒に学校に戻ることになって」
家まで送ると言ってくれたけど、それだとビクター様は遠回りになる。
だから私は馬車に乗るとき、学校に行きたいと伝えた。
「えぇ。わたくし、忘れ物をしてしまったので、寮に行かなければならなかったんですの」
「…君が?」
うっ。
ですよね。ソフィアなら、使用人に命じて持ってこさせるだけ。
流石。長い付き合いのビクター様。ソフィアのことがよく分かっていらっしゃる…。
「えっ、ええ。…」
何て誤魔化そうか考えていると、馬車が止まった。
馭者が声をかけて扉を開けてくれる。
「ご苦労」
運良く、学校に着いた!
「それでは、ビクター様。ごきげんよう」
馬車から降りるのをエスコートしてもらって、その手をさっと離した。
「あ、あぁ…」
若干、淑女らしさには欠けた行動だけど、ここでボロが出るよりかはいい。
私は振り向かないで女子寮に向かった。
ソフィア;ビクターの婚約者。
兄が一人いる。
[公式ファンブックより]




