109,パトリシアの願い
「あなたは優しくて気高い人です。突然の土砂降りのように、急に訪れた不幸な出来事に、あなたはパトリシア様を守った」
「守った訳じゃ…」
「でも、王命でやって来たパトリシア様と騎士様も、王様の兵も、誰も倒さなかった」
今の戦いでも分かる。
エリックが本気を出せば、一瞬で勝敗はついただろう。
それなのに、犠牲者は誰もいなかった。
「パトリシア様の願いは、あなたの自由だったはずです」
二人が一階に着いた。
崩れ落ちた地下室を背に、ティファニーちゃんは力強く言った。
「あなたの魔力が戻って、外に出ても安全だと思えたときに解放されるように作ってあった。外に出るのなら、この扉からです」
私たちがこの時計塔に入ったとき、扉は完全には締めなかった。だから、ほんの少しだけ開いたまま。きっとさっきの揺れで、動いたのだろう。
「理科部の先輩が教えてくれました。魔法は手順が大事だと。だから、一度閉めますね」
ティファニーちゃんは、扉を一度きちんと閉じた。
一筋の光が差していたけれど、閉じられたことで薄く暗くなる。
「この扉からなら出られるって、どうしてそんなことが言えるんだ?」
暗くなった一階で、どんな顔でエリックが言ったのか、上にいる私は見えない。
でも、ティファニーちゃんはいつもの微笑んでいるかのような優しい声で答えた。
「ソフィア様が苦しそうに泣いていたから、でしょうか」
「ソフィアが?」
「はい。号泣しているソフィア様を見ていたら、なぜかソフィア様に以前教えていただいた詩が、頭に浮かびました」
「…?」
私がティファニーちゃんに詩を教えたことなんてあったっけ…?
「文化祭の…」
エリックが呟やいた。
「あっ…」
あの詠み人知らずの詩だ!
本来なら、ビクター様がティファニーちゃんに教えたはずの詩。
あの詩は、突然の土砂降りを救ってくれた白い鳥の詩だった。
「あれがパトリシアが詠んだものだと?」
「憶測ですが。でも、あの詩は最後にこう終わってるんです。いつかあなたも虹が見れますように、と」
「…」
それだけで?
多分、エリックはそう言おうとしたと思う。
でも、その前にティファニーちゃんが何かを確かめるように、扉を撫でた。
「憶測ですから、違うかもしれませんね」
でも、とティファニーちゃんは自信たっぷりに言った。
「でも、ここは魔法学校ですから」
「…?」
「もし、これでエリックさんが出られなかったら、困ったときに現れる魔法の扉を探します。そして、この扉の封印を解ける鍵を探し当てます!」
「…あるのか?」
「分かりませんが、何度も開ければ出てくるかもしれません」
アイテムボックス!
まさかの言葉に、なんだか不安が薄くなった気がした。
「わ、私も探すよ!」
あのアイテムボックスのすごさを知っている一人としては、とても説得力のある言葉だった。
私の言葉にティファニーちゃんは顔を上げ笑って頷いた。
「…パトリシア様の用意した答えだけが正解ではないと思います。用意された道以外にも、きっと答えはあるはずだから」
ティファニーちゃんは祈るように手を合わせた。
「どうか、諦めないでください」
「エリック…、お願い」
魔法の扉探しがどれだけ時間がかかるかわからない。
魔王様のことをひみつにしたまま、時計塔の扉の解錠作業となると、他の人には頼れないから時間はかかる。
あとは、エリックが待ってくれるかどうかだ。
みんなの視線を受け、エリックはため息を付いた。
「…それが、ソフィアの願いか?」
「!」
私の答えは決まっている。
「もちろん!」
エリックがゆっくりと扉の取っ手に手を掛けた。
ここからでも良く見える。
取っ手が動いて、扉が開いた。
「やっぱり!」
ティファニーちゃんが嬉しそうに声をあげた。
「見てください!!」
私の場所からだと見えないけれど、ティファニーちゃんは空に向けて指を差した。
きっと、虹がかかっているのだろう。
エリックが上を向いたのを見計らって、ティファニーちゃんがエリックの背中を押した。
不意を突かれたエリックはその勢いのまま、一歩踏み出した。
それはティファニーちゃんが一切魔法を使わず、魔王様に勝った瞬間だった。




