11,ルート
「ソフィアの言う通りだった」
「うん、うん。次の攻略対象者、図書館の番人、マナック・メーテルリンクにちゃんと会えたんだね」
「その扉がアイテムボックスとやらか?」
旧校舎のなかの教室は、がらんと広い。
その空きスペースに、小さめのテーブルと椅子を持ち込んで、私とエリックはお茶を飲んでいた。
もちろん、ゲームの内容をエリックに教えるためだ。
仕事中にいいのかな、と心配したら、休憩時間だから気にするなと言ってくれたので甘えることにした。
「そう。困ったことが起こると現れて、中にはお助けアイテムが入ってるの。扉だったり、箱だったり、色々かな」
「でも、今回は開けてなかったぞ」
差し入れのクッキーをつまみながらエリックが言う。
このクッキーは、都で一番人気のお菓子屋さんの限定品だ。悪役令嬢らしさを失くさないために、使用人にわがままを言って買ってきてもらった。
「うん、一巡目の最初のアイテムボックスは開けないほうがいい」
「毒でも入ってるのか?」
「ううん。中身は普通の栞」
「栞って、本に挟むあの?」
クッキーに合う紅茶を淹れる。
こればかりは記憶を取り戻す前のソフィアの特技。
旧校舎の家庭科室に置いてあったらしい、白磁のティーカップに注いだ。
「そう。その栞を見つけちゃうとね、司書さんルートに強制的に入っちゃうんだ」
『七色の虹』は全年齢対象作品で、ゲーム初心者でも簡単に遊べるように作られている。
一巡目は自然と王子ルートになるように誘導されていて、簡単に攻略出来るし、クリアもそんなに難しくなく出来る作りだ。
ただ、大きな分岐点も用意されていて、今回のアイテムボックスがそれにあたる。
アイテムボックスを開けて司書さんルートでもクリアできないわけではないけれど、難易度は上がってしまうのだ。
「ここは現実。ティファニーちゃんが司書さんを好きになったなら仕方ないけど、そうじゃないなら、強制的にルートに入るのはかわいそうだし、…わたしとしては今は司書さんルートよりも王子ルートにいて欲しい」
「その方がクリアは簡単なんだっけ?」
「そう。一番、ね」
私ははアーモンドの入ったクッキーを摘まんだ。
「でも、いいのか? 婚約破棄されて」
「されなかったら、滅亡…」
「あぁ…」
結局はそこに戻って来てしまうのだ。
「それに、前のソフィアはビクター様が好きだったけど、私の推しは…」
「誰なんだ?」
「うっ…。秘密」
ほとんど一目惚れだった。
だから、何度もゲームをプレイした。
「でも、ありがとう。ティファニーちゃんと司書さんの出会いをこっそり見ていてくれて」
「別に。ちょうど、図書館の窓拭きの仕事が入ってただけだ」
「おかげで、司書さんルートには入らなかったって、確認できたのは大きいもの」
今後の予定をたてやすくなった。
持ち込んだノートに今日の成果を書き込む。
私がこっそり見るわけにはいかない。
勉強嫌いで有名なソフィアが図書館にいたら、目立ってしまうし、何より、そんなスチルはなかった。
ソフィアが図書館にいる。
それだけで、物語が変わってしまうおそれがあるから、近づけなかったのだ。
「でも、まさか、一言一句覚えてるとは…」
「何度も何度も見たから…」
マナック・メーテルリンクとの出会いの場面を、先にエリックには伝えておいた。
若干引いてるかも?
私は慌てて話を反らした。
「でも、これで私の妄想じゃないって証明できたよね」
恥ずかしさをごまかすために言うと、エリックは一瞬キョトンとした顔になってから笑った。
「大丈夫。ちゃんと信じてるから、安心してくれ」
「あうっ。…エリックを疑ってるわけじゃないんだよ?」
ただなんと言うか、自分でも嘘みたいな話だと言う思いが消えないのだ。
「まぁ、あり得ないことが起きるときは、あるよ。多分、ソフィアより慣れてる」
「…そうかな」
「用務員を長くやってると、たまにある」
「長くって」
エリックは私の五、六歳上ぐらいだろう。
それなのに、なんだか長老みたいに言うのがおかしかった。
「それより、ソフィアが絡むイベントはもう終わりか?」
「う? うん。当分はないかな。新キャラは夏休み中に登場だから。今は、出会ったキャラの好感度上げを重点的にやる時期」
「それの手助けは要らないんだな」
エリックが言う。
確かにティファニーちゃんは主人公だけど、この世界ではプレイヤーではない。
私がどれだけシナリオに忠実に悪役令嬢を演じても、彼女の行動次第で、物語が変わってしまう。けど。
「大丈夫だと思う。ゲームの選択肢の正解は、大体、『ティファニーちゃんらしさ』だったから。優しくて、勇気のあるティファニーちゃんなら、多分選択を間違えることはない」
入学当時からティファニーちゃんを見てきた。だから、大丈夫だと言える。
「ふぅん。…本当にそのゲームとやらが好きだったんだな」
「?」
「攻略対象者もティファニー・アンブローズも好きなんだろ?」
「…うん。ティファニーちゃんにも憧れてた」
慣れない環境でも前を向いて、優しさも忘れず、いつも笑っている女の子。
そう話すと、エリックは笑った。
「それ、今のあんたも同じじゃないか」
「えっ?」
「異世界で頑張ってる。ティファニー・アンブローズのために、悪役を演じて笑ってる」
「笑うって、高笑いだけど…」
「ここでは、あんた結構楽しそうに笑ってるぞ?」
「だって、それは…。大好きなゲームだもん。聞いてくれる人がいるなら、いくらでも笑顔で語れる」
だんだん恥ずかしくなってきた。
「…私、ちゃんと頑張れてる?」
「あんな大泣きして、なにを言う。頑張ってるよ」
「…ありがとう」
頑張る方向が「意地悪」なので、あまり胸を張れないけど、それでも、ちょっと嬉しかった。




