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悪役令嬢ですが、シナリオを順守することに決めました  作者: 飴屋


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11/29

11,ルート

「ソフィアの言う通りだった」

「うん、うん。次の攻略対象者、図書館の番人、マナック・メーテルリンクにちゃんと会えたんだね」

「その扉がアイテムボックスとやらか?」


旧校舎のなかの教室は、がらんと広い。

その空きスペースに、小さめのテーブルと椅子を持ち込んで、私とエリックはお茶を飲んでいた。

もちろん、ゲームの内容をエリックに教えるためだ。

仕事中にいいのかな、と心配したら、休憩時間だから気にするなと言ってくれたので甘えることにした。


「そう。困ったことが起こると現れて、中にはお助けアイテムが入ってるの。扉だったり、箱だったり、色々かな」

「でも、今回は開けてなかったぞ」


差し入れのクッキーをつまみながらエリックが言う。

このクッキーは、都で一番人気のお菓子屋さんの限定品だ。悪役令嬢らしさを失くさないために、使用人にわがままを言って買ってきてもらった。


「うん、一巡目の最初のアイテムボックスは開けないほうがいい」

「毒でも入ってるのか?」

「ううん。中身は普通の栞」

「栞って、本に挟むあの?」


クッキーに合う紅茶を淹れる。

こればかりは記憶を取り戻す前のソフィアの特技。

旧校舎の家庭科室に置いてあったらしい、白磁のティーカップに注いだ。


「そう。その栞を見つけちゃうとね、司書さんルートに強制的に入っちゃうんだ」


『七色の虹』は全年齢対象作品で、ゲーム初心者でも簡単に遊べるように作られている。


一巡目は自然と王子ルートになるように誘導されていて、簡単に攻略出来るし、クリアもそんなに難しくなく出来る作りだ。

ただ、大きな分岐点も用意されていて、今回のアイテムボックスがそれにあたる。


アイテムボックスを開けて司書さんルートでもクリアできないわけではないけれど、難易度は上がってしまうのだ。


「ここは現実。ティファニーちゃんが司書さんを好きになったなら仕方ないけど、そうじゃないなら、強制的にルートに入るのはかわいそうだし、…わたしとしては今は司書さんルートよりも王子ルートにいて欲しい」

「その方がクリアは簡単なんだっけ?」

「そう。一番、ね」


私ははアーモンドの入ったクッキーを摘まんだ。


「でも、いいのか? 婚約破棄されて」

「されなかったら、滅亡…」

「あぁ…」


結局はそこに戻って来てしまうのだ。


「それに、前のソフィアはビクター様が好きだったけど、私の推しは…」

「誰なんだ?」

「うっ…。秘密」


ほとんど一目惚れだった。

だから、何度もゲームをプレイした。


「でも、ありがとう。ティファニーちゃんと司書さんの出会いをこっそり見ていてくれて」

「別に。ちょうど、図書館の窓拭きの仕事が入ってただけだ」

「おかげで、司書さんルートには入らなかったって、確認できたのは大きいもの」


今後の予定をたてやすくなった。

持ち込んだノートに今日の成果を書き込む。

私がこっそり見るわけにはいかない。

勉強嫌いで有名なソフィアが図書館にいたら、目立ってしまうし、何より、そんなスチルはなかった。

ソフィアが図書館にいる。

それだけで、物語が変わってしまうおそれがあるから、近づけなかったのだ。


「でも、まさか、一言一句覚えてるとは…」

「何度も何度も見たから…」


マナック・メーテルリンクとの出会いの場面を、先にエリックには伝えておいた。

若干引いてるかも?

私は慌てて話を反らした。


「でも、これで私の妄想じゃないって証明できたよね」


恥ずかしさをごまかすために言うと、エリックは一瞬キョトンとした顔になってから笑った。


「大丈夫。ちゃんと信じてるから、安心してくれ」

「あうっ。…エリックを疑ってるわけじゃないんだよ?」


ただなんと言うか、自分でも嘘みたいな話だと言う思いが消えないのだ。


「まぁ、あり得ないことが起きるときは、あるよ。多分、ソフィアより慣れてる」

「…そうかな」

「用務員を長くやってると、たまにある」

「長くって」


エリックは私の五、六歳上ぐらいだろう。

それなのに、なんだか長老みたいに言うのがおかしかった。


「それより、ソフィアが絡むイベントはもう終わりか?」

「う? うん。当分はないかな。新キャラは夏休み中に登場だから。今は、出会ったキャラの好感度上げを重点的にやる時期」

「それの手助けは要らないんだな」


エリックが言う。

確かにティファニーちゃんは主人公だけど、この世界ではプレイヤーではない。

私がどれだけシナリオに忠実に悪役令嬢を演じても、彼女の行動次第で、物語が変わってしまう。けど。


「大丈夫だと思う。ゲームの選択肢の正解は、大体、『ティファニーちゃんらしさ』だったから。優しくて、勇気のあるティファニーちゃんなら、多分選択を間違えることはない」


入学当時からティファニーちゃんを見てきた。だから、大丈夫だと言える。


「ふぅん。…本当にそのゲームとやらが好きだったんだな」

「?」

「攻略対象者もティファニー・アンブローズも好きなんだろ?」

「…うん。ティファニーちゃんにも憧れてた」


慣れない環境でも前を向いて、優しさも忘れず、いつも笑っている女の子。

そう話すと、エリックは笑った。


「それ、今のあんたも同じじゃないか」

「えっ?」

「異世界で頑張ってる。ティファニー・アンブローズのために、悪役を演じて笑ってる」

「笑うって、高笑いだけど…」

「ここでは、あんた結構楽しそうに笑ってるぞ?」

「だって、それは…。大好きなゲームだもん。聞いてくれる人がいるなら、いくらでも笑顔で語れる」


だんだん恥ずかしくなってきた。


「…私、ちゃんと頑張れてる?」

「あんな大泣きして、なにを言う。頑張ってるよ」

「…ありがとう」


頑張る方向が「意地悪」なので、あまり胸を張れないけど、それでも、ちょっと嬉しかった。




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