10,図書館の番人
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その日、ティファニーは図書館にいた。
「広い…」
図書室ではなく、図書館だ。
大きな石造りの柱が何本も立っている入り口は美しく、格調高かった。
実際に国王の住む城を見たことがないティファニーは、ここが王の城だと言われれば容易く信じてしまっただろう。
この学校の建物はどれも歴史を感じられる素晴らしい物だが、この図書館はさらにすごい。
ティファニーは、わくわくしながら図書館の中に入って手続きを終えると、閲覧室へと一歩踏み出した。
図書館は、国内でも二番目に大きな図書館で、蔵書の数も五本の指に入るらしい。だから時折、卒業生が本を探しにやって来ることもあるという。
見たこともないくらいにずらりと本棚が立ち並び、そして備え付けられている机や椅子さえも高級品と一目でわかる作りだ。
赤い絨毯敷きの床に気圧されつつ、ティファニーは目的の場所を探す。
1、2、3…。
綺麗に並べられている本を見ながら、ティファニーは図書館を歩く。
分類分けされた本棚を一つ一つ見ていくと、目当てのところに来た。
「国の歴史と地図…」
ティファニーは生徒会の副会長に頼まれた本を探していた。
一つ一つ丁寧に本の背表紙を読み順に探す。
最初に言われた通り、司書さんに手伝ってもらった方が良かったかな…。
桜色のリボンと挙動から、ティファニーがこの図書館にまだ慣れていないと気付いたのだろう。
入館の手続きをしているとき、司書であることをを示す本のモチーフのピンを胸につけた男性は、手伝いを申し出てくれたのだ。
まさかこんなに図書館が広大だとは思わずに、断ってしまったが。
「うーん、と」
右から順に探していき、だんだんと目当ての本に近づいていっているようだぞ、と、思っていたときのことだった。
「あれ?」
本、本、本、扉。
通常、本が並んでいる棚の一部に小さな扉が現れた。
本の背表紙五冊分くらいだろうか、雪の結晶を重ねたような美しい紋様が彫られた木彫りの扉には、小さな取っ手もついている。
まるでおままごとのような大きさだ。
「こんなところに、小物入れ…?」
扉の細工の手のこみようから、あとからつけたのではないように見える。けど、こんなところに扉付きの小物入れを作る意味が分からない。
「…。まぁ、いいか」
ティファニーは扉を無視して、本探しに戻った。
扉を越して、再び本の背表紙を追う。
「…」
しかし、探している本は見つからなかった。題名、作者名、さらには出版社名も書き写したメモを見るが、その本はどこにもない。
「もしかして、この扉の中…?」
古い本だと聞いていたし、もしかしたら、本が痛まないよう施した措置なのかもしれない。
ティファニーは扉の取っ手に手を伸ばした。
「おっと、待って」
取っ手に手を触れたところで、後ろから大きな手がその扉を押さえこんだ。
「これは、まだ開けない方がいい」
驚いて振り替えると、そこには本のモチーフのピンをつけた人。
「す、すみません!」
ティファニーは図書館の司書に慌てて謝った。
「いいや。やっぱり君は知らないようだね。最初に説明しておけば良かった」
「?」
図書館のことなら、入学したあとに説明を受けたはずだった。しかし、何か他にも規則があったのだろうか。
「この学校は古いんだ」
「はい」
亜麻色の長い髪を一つに束ねた司書は、眼鏡を掛け直す。瞳は、ティファニーが生まれ育った村で一番物知りなおじいさんと同じ深い緑色だ。
「だから、色々曰く付きでねぇ」
「いわく…」
困ったように司書は腕を組んだ。
「一つくらいは聞いたことがない? 一度も止まったことのない時計搭の大時計。真夜中に鳴り響くパイプオルガン。一つ足りない新年祝賀のケーキ…」
「?」
どれも聞いたことはなかった。
と言うよりも、この三つの出来事に関連性が見つからない。
ティファニーの表情で、伝わっていないと察したのだろう。
司書は眼鏡をもう一度直した。
「学校の七不思議。聞いたことは?」
「えぇと…」
「ないのか…」
残念そうに言われたが、学校の七不思議はティファニーも知っている。
大抵どこの学校にある噂話で、ティファニーが以前通っていた小さな学校にもあった。
「聞いたことはあります。でも、こんな立派な学校にもあるんですね」
由緒正しき名門校。
この学校は貴族だけが通うところだ。
そんなところにも、噂話があるのはなんだか不思議に思った。
「それが、一つ厄介なことに、ここは『魔法』学校でね」
「?」
「魔法の研究をしている生徒が、たまに暴走して…」
司書は小声で言った。
図書館だからもとから小声だったが、さらに声をひそめて内緒話をするかのようにティファニーに顔を近づけた。
「とんでもないものを造り出すときがあるんだ。例えば、突然現れる魔法の扉、とか」
「まほうのとびら…」
うん。
と司書はうなずいた。
後ろで一つにまとめた亜麻色の髪がさらりと揺れた。
「探し物をしている生徒の前に時折現れる、美しい扉。ただ、開けても欲しいものが入っているとは限らない」
「…止めてくれてありがとうございます」
話から察するに、この扉がそうなのだろう。
ティファニーはマナック・メーテルリンクと名札を付けた、優しげな司書にお礼を言った。
「図書館の安全を守るのが、司書だからね。他のところでも、似たような紋様が入った扉を見たら気を付けると良い」
「はい」
じゃあ、僕は仕事に戻る。
そう言って去っていった司書を見送ったあと、今度見たときにすぐ気付けるようにもう一度紋様を確認しようと振り替えると、
「えっ」
扉は跡形もなく消えていた。
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マナック・メーテルリンク;図書館の番人。
趣味は、散歩。




