1,始まり
「うううっ…」
私、ソフィア・プロウライトは自分がゲームに出てくる悪役令嬢であることを思い出した。
ソフィアは、とある乙女ゲームの主人公に嫌がらせをする公爵令嬢。もちろん婚約者は王子様。
高慢でわがままで、いつも自分が一番でなければ気が済まないお嬢様。
魔法学校で特別入学の庶民の娘を見下し、ありとあらゆる犯罪とも言える嫌がらせをする。ヒロインが攻略対象と結ばれればそれまでの悪行が露呈して、結果はもちろん婚約破棄に国外追放。
……。
因みに、明日が魔法学校の入学式。
攻略対象者である王子には、当然嫌われている。
ここがゲームの世界だと気付いていなかったワタクシは、嫌われているとは夢にも思ってもいなかったけど、色々思い出した今なら分かる。
次期国王として重圧に耐えながら頑張っている王子にとって、わがままで勉強嫌いなお嬢様は何も魅力的に映らないだろう。
明日、努力家で控え目、何事にも一生懸命な優しい女の子に、彼は出会う。
…勝てる訳がない。
「…フィア。ソフィア!」
耳元で声がした。
「大丈夫か?」
そうだ。
私が、悪役令嬢だと思い出したのは、絨毯のしわにつまずいて転んだため。
その衝撃で色々思い出したから、まだ転んだ体勢のまま。
「うっ」
体に痛みはない。
と言うか、他の衝撃が大きすぎてそれどころじゃないのだ。
「ソフィア」
私はゆっくりと体を起こした。
床に手を付いて…。
床、じゃない。
堅くないのだ。
よく見れば、赤い絨毯でもない。
「ソフィア、動けるか?」
「ビクター様?」
目を開けて見てみると、そこにはワタクシの婚約者、ビクター様が眉間に皺を寄せこちらを見ていた。
「あっ…」
やっと転んだときの記憶がよみがえる。
ビクター様は、すぐそばにあった階段から落ちないよう私を守ってくれたのだ。自分が下敷きになることで。
ビクター様が守ってくれなければ、布地がたっぷり使われた重たいドレスを着ている私は、転んだ勢いのまま、階段から落ちていただろう。
「…誰か、担架を」
ビクター様は、そばにいた使用人たちに声をかけたようだ。
凍りついたように動かなかった使用人たちが、慌てて動き出す。
「はい、ただいま!」
「っ! いいえ!」
私も慌てて返事をした。
「だ、大丈夫です。ちょっと、驚いただけで。助けて頂きありがとうございます」
衝撃から守るために、ビクター様は私を抱きしめてくれたようだ。
そのため、体重! 全部がっ!
まだ、ビクター様も私の怪我の有無を心配してくれているから、重さについては考えていないだろう。このまま素早く立ち上がらなければ。
「っ?」
ビクター様の体の上から退こうとしたとき、私の髪がビクター様の上着のボタンに引っ掛かった。一、二本なのに、ちょっと痛い。
「も、申し訳ありません」
何をやってもうまくいかない。
早くこの場から立ち去りたい!
その一心で、ボタンに絡まった髪をぷちっと抜いた。
「…」
あああ、呆れてる。
淑女としては、使用人にやらせるべきことだったかもしれないけど、この押し倒したような形でこれ以上いたくなかったのだ。
「…医者を」
ビクター様は私との対話を諦めたようだ。
「いいえ、要りません!」
明日の入学式が始まる前に会いたいとわがままを言うためだけに押し掛けて、勝手に階段で転んだのだ。
それでお医者さんまで呼んでもらうなんて…。
…あ。
以前なら、大騒ぎしてた。
転んだのも、この絨毯の掃除をした人がしわを伸ばさなかったからだとか色々言いがかりをつけてた。
一週間くらい寝込んでたかも。
それで、さらにわがままを加速させたかも。
成る程。
「えーと。…わたくし、髪が乱れてしまったので帰りますわ」
ソフィアはおしゃれが大好きだ。
ドレスに合う口紅が決まらないだけで平気で約束に遅刻する。だから、この理由なら、誰もが納得する。
「助けて頂き、ありがとうございました。…ビクター様にお怪我は?」
「…問題ない」
見た目…は、問題なさそうだ。
立ち上がった動作もどこもおかしくない。
「痛い思いをさせてしまって申し訳ありません。見送りは結構ですから、どうぞゆっくりなさってください」
それだけ言うと、私は急いで公爵家の馬車に乗り込んだ。




