癒し手を守る国へ
春が終わり、初夏の風が王城を吹き抜けていた。
広い議会室には、重々しい空気が漂っている。
王子・レイガは、父王の隣に立っていた。
その目は鋭く、燃えるような意志に満ちている。
「私は提案します。今後、“癒し手”に対する暴力や差別的行為は、王命に背く重大な罪と見なす法を設けるべきです」
ざわつく議員たち。
「そんな法律、前例がないぞ!」
「感情で動くべきではない!」
「黙れ」
その一言を発したのは、国王だった。
「……2000年前、我々はひとりの少女を“厄災”として恐れ、封じた。だが、その判断が誤りであったことは、今の我が息子が証明した」
国王は、ゆっくりと議場を見回す。
「何度も毒を盛られながら、生き延びた“癒し手”。だが我ら貴族の多くは、それを“自業自得”と笑った」
「――恥を知れ」
その言葉に、一部の貴族たちは俯き、一部は怒りに顔を歪めた。
レイガは続ける。
「法を整えるだけでは足りません。癒し手の地位と命を保証する“守護制度”を創設します」
「今後、癒し手には“守護者”を最低一人以上つけ、王族の命令がなければ配置替えもできないようにする」
「さらに、“癒し手保護局”の設置も検討しています。フキさんや元隊長のように、真に信頼できる人材で構成し、監視と保護を両立させる」
反対派の老貴族が声を荒げた。
「癒し手のためだけに、国を揺るがすつもりか!」
だが、その声を遮ったのは――王だった。
「“癒し手”を救えぬ国に、民を救えるわけがない」
静寂が降りた。
次の瞬間、若い議員のひとりが立ち上がった。
「私は、王子の意見に賛同します!」
「私もだ!」
「……今こそ、国を変えるべきだ!」
――こうして、「癒し手保護法」は成立への道を歩み始める。
だがその裏で、失脚を恐れた貴族たちは、静かに蠢き始めていた。
***
別邸では、ミコトが縁側に座り、庭の向こうを見つめていた。
その背には、変わらずフキが立ち、門の外には、元隊長の門番が鋭く目を光らせていた。
ミコトは、そっとつぶやく。
「……ほんとうに、少しずつ……変わっていくのかしら」
フキが微笑む。
「ええ。あんたがここにいる限り、変わっていくわ」
ミコトは、ほんの少しだけ、口元を緩めた。
──そう、“癒し手”としてではなく、ミコトとして生きる未来のために。
──次回、第9話へ続く。