― 赦さぬもの ―
「……また、毒だった」
枕元に座っていたレイガの瞳が、悔しさに滲んでいた。
「六度目です。……さすがに、もう笑って済ませられません」
あれから何度も毒を盛られた。
ミコトは、やつれた顔のまま、窓の外を見ていた。
春の花が咲くはずだった庭に、今はどこか重たい空気が流れている。
「……フキさんは?」
「疲れて、少し休ませました。……ずっと、つきっきりで看病してくださっていたんです」
ミコトは目を伏せた。
温かい言葉をくれるのは、フキさんだけだった。
それ以外の者たち――
教育係、世話人、門番。皆、笑顔の裏に悪意を隠していた。
それでも、自分が我慢すれば……
それでも、いつか誰かが心を入れ替えてくれるのでは……。
けれど、その「いつか」は来なかった。
七度目の毒を盛られたその夜――
ついに、ミコトは、立ち上がった。
「――全て、わかっていたわ」
彼女は薄く笑った。
口元は静かに、だが、瞳は冷たく。
集まった侍女、教育係、門番。
そこにフキの姿はない。
「六度も、毒を盛られて。今夜は七度目」
周囲がざわつく。
「な……なにをおっしゃって……」
ミコトは、そっと手を掲げた。
「“癒し”とは、命を与える力。
でもね、奪うことも、できるの
そして、私は真実をみる力を持っているの。
なので、私への殺意は手に取るようにわかります」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
窓の外から風が吹き込む。
まるで、この瞬間を待っていたかのように――
「私を、何度も殺そうとしたお前たちに、同じ“痛み”を返してあげます」
そう言って、彼女はそっと手を下ろした。
刹那。
空気が震え、床にいた者たちが次々と倒れ込んだ。
呻き声。
身体を押さえてのたうち回る者。
苦しみ、涙を流す者。
「これは、癒しではない。“罰”です」
ミコトは、ただ静かに見つめていた。
何の感情も宿さず、ただ――無表情で。
そして――
扉を蹴破って入ってきたのは、王宮から急報を受けて駆けつけたレイガ王子。
レイガがみたのは、
床に転がる者たちと、ただ一人立つミコトを見て、彼は全てを悟った。
「……また、守れなかった」
歯を食いしばり、拳を握りしめた。
「全員、拘束しろ!!」
「こいつらは王命に背いた!“癒し手”に対して反逆を働いた者として――裁かれるべきだ!」
衛兵たちが雪崩れ込み、這う者たちを拘束していく。
その混乱の中で、ミコトはただ一言。
「……フキさんと、もうひとりだけ。あの人だけが、私を裏切らなかった」
レイガが目を見開く。
「……もうひとり?」
「……門番。元騎士団の、あの人だけは、毒を運ぶ手には加わらなかった」
――夜が明ける。
裁かれる者たちが連行され、別邸には静けさが戻った。
残ったのは、ただ二人。
フキ。
そして――フキの息子にして、元・騎士団隊長。現在、門番の男。
彼らだけが、最後までミコトの味方だった。
──次回、第8話へ。