毒と、微笑みの裏で
春の終わりを告げる風が、別邸の庭を優しく撫でていた。
ミコトは、縁側に座って湯呑を手にしていた。
フキさんが淹れてくれた、香ばしいお茶の香りが鼻先をくすぐる。
「……あら、今日は機嫌がいいわねぇ」
そう言って笑うフキさんの声が、どこか遠く聞こえる。
ミコトは、湯呑の中で揺れる液体を見つめていた。
なぜか、その色がいつもより少し濃く見えた。
だが、そんな些細な違和感より――
この平穏が崩れるはずがないと、そう思っていたのだ。
だから、口に含んでしまった。
「……ッ……あ……」
苦味とは違う、喉を焼くような感触。
一瞬で広がった熱が、胃の奥から突き上げる。
「み、ミコト様!?」
湯呑が落ち、ぱしゃんと茶が床に弾ける。
それと同時に、ミコトの体が傾いだ。
「く……っ……あ……」
震える手。
顔色が、瞬く間に青白くなっていく。
フキさんが叫ぶ。
「誰か!!医師を!――っ、毒よ!!」
召使いたちが慌てふためく中、数人は部屋の隅で顔を見合わせていた。
――その表情に、罪悪感はなかった。
ミコトは、這うようにして床に伏せた。
身体が焼けつくように痛い。
喉が、腸が、肺が、すべて痙攣している。
(――わたし、は……また……?)
世界が揺れる。
心臓の音が遠ざかる。
(いや……ここでは……)
目を開けた。
視界がぼやける中で、ひとつの影が近づいてくるのが見えた。
フキさんだった。
その老いた手が、震えながら額に触れた。
「……ミコト様、しっかりなさい……! 大丈夫よ……あんたは、もう一人じゃない……!」
涙まじりの声が聞こえた。
それがどれだけ温かくて、どれだけ胸を締めつけるものだったか。
ミコトには、もう言葉で返すこともできなかった。
誰が仕組んだかなど、今はどうでもいい。
この体を襲う“痛み”こそが、現実だった。
(……まただ。私は……また……)
微笑みの裏で、毒はすでに回っていた。
この国は、まだ“癒し手”を赦してなどいなかった。
***
その日の夕方、王宮には緊急の報せが届いた。
「癒し手が……毒に……?」
それを聞いた者たちの反応は二分された。
「まさか……また?」
「自業自得よ、やはりあの子は不吉だ」
だが。
「嘘だろ……?」
「彼女が、何をしたっていうんだ……?」
王子――レイガの拳が、震えていた。
「また守れなかった……?」
──第7話へ続く。