地獄の中で立ち続けた姫
鉱山近く――その光景は、地獄だった
「セラさんっ……!」
叫びながら走るミコトの肺は、焼けつくようだった。
鉱山の近くへと辿り着いた瞬間――
視界に広がったのは、信じられない光景だった。
あちこちに崩れた石壁、黒焦げになった建材、吹き飛んだ荷車。
鉱夫たちのヘルメットが、血と土にまみれて転がっていた。
「う、そ……これ……」
爆発で吹き飛ばされた坑道の入り口は、すでに瓦礫に埋もれ、
黒煙が噴き出すように立ち上っている。
倒れている人々の中には、動かない者も、呻き声を上げる者もいた。
「水を……誰か……! 喉が……!」
「兄ちゃんが……兄ちゃんが、目ぇ開けねぇんだよ!!」
泣き叫ぶ声。
喉を焼かれて声にならない人々。
薬草を握ったまま、震える手。
「ミコト、あぶねぇ!!」
カナトがミコトの腕をつかんで、転がってきた柱の破片をかわす。
「くそっ、何が起きたんだよこれ……!」
彼の瞳に映るのは、破壊された坑道、血まみれの作業服、
そして――視察のために来たはずの“セラ”の姿が、どこにもないという現実。
「セラさんは!? ねぇ、セラさん見た人いない!?」
ミコトが何人もの人に声をかける。
でも、誰も首を振るばかりだった。
「……爆心地のあたり、まだ入れないって。
“姫様”らしき人影がいたって噂もあるけど……
あんなの、生きてるわけないってさ……」
「……やめろ」
カナトが、低く唸るように言った。
「勝手に、死んだことにすんな。
あいつは……そんな簡単にいなくなる奴じゃねぇ」
ミコトの目に、涙がにじみそうになる。
――あの朝、笑っていた背中。
「お昼、一緒に食べようね」って言ったあの声。
(まだ、約束……してたのに)
そんな中、遠くで――
瓦礫の下から、誰かの呻き声が微かに聞こえた。
カナトが反応する。
「ミコト……! あれ――!」
ーーーーー
地鳴りのような混乱の中、
ミコトとカナトが瓦礫を越えてようやくたどり着いたその場所。
作業員たちが倒れ、呻き、助けを呼ぶなか――
その中心で、血まみれの少女が立っていた。
「水を! あの人に水を持ってきて!」
「そこの坑道、まだ中に人がいるはず! 誰か、ロープと板を!」
それは、セラだった。
額からは血が流れ、肩は裂けた外套で真っ赤に染まっている。
右足は崩れた足場に巻き込まれていたのか、うまく動かないようだった。
それでも彼女は――
一度も倒れず、叫び続けていた。
「私は、いいの……! 私のことなんて、後でいいから!!」
兵士が駆け寄り、介抱しようとする。
「姫様、まずはお身体を――!」
「――いいからっ!!」
セラの声が、空気を切り裂いた。
「私は、生きてる。まだ喋れるし、歩ける。
でも――この人たちは今、死ぬかもしれないんです!!」
その言葉に、誰もが動きを止めた。
「今、私を運んだら――その分だけ、助かる命が遅れるの!
私は……それだけは、絶対に嫌なの!」
血を滲ませながら、必死に叫ぶその姿に――
兵士たちも、鉱夫たちも、ただ圧倒されていた。
「……姫様……!」
「お願い、みんな……協力して。
この人たちを、助けて……」
ミコトは、もう声も出なかった。
ただ、震える手で口元を押さえて、涙を堪えていた。
(こんな状況で……まだ、誰かのことばかり……)
カナトが、小さく呟く。
「こりゃ……すげー姫様だ」