視察の日に、国は燃えた
「今日ね、久しぶりに……公務があるの」
その日朝の台所。セラはいつもよりきっちりと髪をまとめ、上質な外套を羽織っていた。
「鉱山に、視察に行くんだって。
王妃様の代理で。最近不満も多いし、“顔を出しとけ”って言われてね」
にこにこと微笑むセラに、ミコトは不安げに眉をひそめた。
「……大丈夫? 危なくない?」
「ふふ、大丈夫よ。顔見せるだけだし。
すぐ戻るから、お昼……一緒に食べましょう?」
そう言って、セラは軽やかに笑い、玄関を出ていった。
ミコトとカナトは、その背中をただ見送った。
――まさか、それが“最後の笑顔”になるなんて思いもしなかった。
⸻
ドォォォンンン――ッ!!!
昼過ぎ空が震え、窓が揺れた。
そして――鉱山の方角から、黒煙が立ちのぼった。
「な、なんだ!?」「爆発か!?」「鉱山が……!」
ミコトは、外へ飛び出した。
「っ……セラさん……!?」
焦げた鉄のにおい。
巻き上がる粉塵。
空を覆うように、黒煙が国中へと広がっていく――
「セラが……そこにいたって……まさか……!」
誰かが、そう呟いた。
人々は、ざわめき、震え、祈った。
――だれが仕組んだのか。なぜ、この日なのか。
ただの事故なのか、それとも――
ミコトとカナトの中で、何かが音を立てて崩れた。
(そんなわけない。
セラさんは……あんなふうに笑ってたのに――)
次の瞬間。
遠くから、何かを引きずるような、ざわついた足音が響き始めた。
王宮からの馬車。
そして――兵士たちが、武装して街中へと入ってきた。
「命令が下った。関係者の捜索に入る。
……“視察中の姫君”が消息不明だ」