フードの奥の微笑み
次の日は、あの家にセラはやってきた
「泊まらせてもらったんだし、なんか手伝いたいな」
突如ミコトがそう言うと、セラは少し考えてから、ふっと笑った。
「じゃあ……これ、一緒に売りに行ってくれる?」
彼女が差し出したのは、小さな布袋に入った宝石だった。
中には、小ぶりながらも光を宿した石たちが並んでいる。
「売るって……これ、露店とか?」
「そう。ちょっと路地裏の方だけど……」
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そしてたどり着いたのは、小さな市場の一角
石畳の道沿い、建物の隙間にぽつんと広がる空間。
テントや布の屋根が並び、香草や古びた本、謎の薬瓶などが雑多に売られている。
「ここ、知る人ぞ知るって場所だから」
セラはそう言って、すっぽりと深くフードを被った。
そのまま、慣れた手つきで布を広げ、小さな木箱に入った宝石たちを並べていく。
どれも、昨日見たものとは思えないほど美しく、並べられた瞬間に光を帯びたようだった。
「今日もいいものを売ってるじゃないか」
すぐに、男の客がひとり、ニヤリとしながら声をかけてくる。
「ほら、この深い青……これ、夜の精霊石だろ? なかなか手に入らないはずだが」
セラは余計な言葉は返さず、微笑だけを浮かべて軽く頷いた。
それだけで男は満足そうに頷き、金貨を数枚差し出す。
「また頼むぜ、嬢ちゃん」
それからも、次々と人がやってきた。
売れ行きは驚くほど早く、ほんの数十分で宝石の半分以上が売れてしまった。
ミコトは、その様子を隣でじっと見ていた。
まるで別人のようなセラの姿に、言葉にならない何かが胸に引っかかる。
「……すごいね。セラさんって」
「ふふ……バレた?」
フードの中から、セラが少しだけ悪戯っぽく笑った。
露店が片づけを終える頃には、陽がすこし傾きはじめていた。
通りの喧騒から離れた裏路地に戻ると、セラは小さく息をついた。
「ふぅ……売れたわね。今日は本当に助かったわ、ありがとう」
「こっちこそ、手伝わせてもらえて楽しかったよ」とミコトが笑う。
「いやーしかし、すげーな。あんなに宝石、あっという間に売れるもんなんだな」
カナトがぽんぽんと空になった箱を持ち上げて言うと、セラは照れくさそうに微笑んだ。
「ふふ、目利きにはちょっと自信あるの。……母から教わったのよ」
「へえ、いいお母さんだったんだな」
カナトの言葉に、セラの笑顔がふっと曇る。けれど、すぐに取り繕うように明るく笑い直した。
「……うん。とても、優しい人だった」
ミコトはその笑顔を見つめながら、胸の奥がチクリと痛んだ。
なにかを隠してる――
そう確信できるほどの“痛み”が、あの笑顔には宿っていた。
でも、それを問いただすのは、今じゃない。
ミコトは静かに深呼吸をすると、そっと小さな包みを差し出した。
「セラさん、これ……受け取って」
「え?」
包みを開くと、中には焼きたてのクッキーがいくつか入っていた。
粗く刻まれたナッツと、干しぶどうが練り込まれている。
「昨日ね、寝る前にこっそり作ったの。あなたに“ありがとう”って、どうしても伝えたくて」
セラは目を丸くして、それからそっとクッキーを手に取った。
「……ありがとう。嬉しいわ」
声は小さく震えていた。
けれど、彼女は泣かなかった。
その代わり、クッキーを胸に抱くようにして、ふわりと笑った。
「ねぇ……もしかして、あなたたち――」
そう言いかけたセラを、ミコトは優しく制した。
「――また明日、話そう。今日はいっぱい頑張ったから、私もう行かなきゃ。
あの家使っていいから」
そう言い残し彼女は走って去っていった
あたたかな風が吹いた。
まるで“何か”を包み込むように、静かに通り抜けていった。