石の国に咲く花
石畳の通りには、露店が並び、人々の喧騒が響いていた。
香辛料の香りと鉄のにおいが混ざる、活気ある場所。
「ねぇ見て、あの建物――上がガラスでできてる!」
ミコトが指さした先には、光を反射する丸屋根の建物があった。
中では宝石の選別作業が行われているらしく、人影が見える。
「ふふ、あれは“鉱山局”って呼ばれてる場所よ。
採掘された宝石や鉱石を分類して、品質を鑑定してるの」
「へぇぇ~!」
「この国はね、鉱石の質では他国に引けを取らないのよ。
魔法石、装飾用の宝石、鉄鉱石……いろんな鉱脈があるから」
「魔法石、って……」
カナトが目を細めて呟いた。
「今って、魔法なんて使えるやつ、ほとんどいないんだろ?
そんなもん売れるのかよ?」
セラは、くすりと笑った。
「そうね、昔に比べたら“魔法の時代”はもう過ぎたわ。
でも、まじないとして身につける人もいるし、
“信じていたい人”は、いまだに多いのよ」
彼女は、腰につけた小さな袋をそっと撫でながら、言った。
「私は……ただ、信じてるだけ。
これも宗教心なのかもしれないわね」
ミコトは、ふと横顔を見る。
その目には、どこか切なさと、揺るぎのない信念があった。
「でもね、宝石にはね、ほんとに“力”があるのよ」
「力?」
「そう――“人の心を映す”の。
怒ってるときは濁って、悲しいときは曇る。
誰かを守りたいって思ったときは、ほんのりあったかくなるのよ」
「それって……本当に?」
ミコトが目を丸くする。
「本当かどうかなんて、誰にもわからない。
でも――そう思って持つ人が、少しでも優しくなれるなら。
それって、ちゃんと“力”だと思うの」
セラの言葉に、ミコトはゆっくりと頷いた。
「……なんかわかる気がする。
私たちが今、こうして一緒にいられるのも――
信じたから、だもんね」
「おぉおぉ、なんだお前ら朝からクサいぞ~」
カナトが頭をかくと、セラが笑って肩をすくめた。
「ふふ、じゃあ今日は鉱山の近くまで案内するわね。
観光客は立ち入れないけど、手前の見学通路は通れるの」
「ほんとにいいの? わぁ……!」
ミコトの目がきらきらと輝いた。
そのとき、通りの向こう側で――
黒い外套をまとった男が、じっとこちらを見ていた。
(……あれ?)
ミコトが何気なく視線をやったその瞬間、男の姿は人混みに紛れて消えていた。
(……気のせい?)
でも、ほんの一瞬――
その男の左胸には、見覚えのある紋章が刺繍されていた気がした。
それは、王宮の兵がつけていた――
“あの紋章”だった。
⸻
ゴウン……ゴウン……と、
地下から響く音が、石造りの通路にまで伝わってくる。
案内係の男が、汗をぬぐいながら言った。
「安全のため、この先は立ち入り禁止です。
ここから先は鉱夫たちの区域になりますので、見学はここまでで」
ミコトが手すり越しに下を覗くと、
狭い坑道に数人の鉱夫たちが、黙々と作業を続けていた。
ツルハシを振るう手は重く、
どの顔にも疲労と、どこか“諦め”の色が浮かんでいる。
「……なんか、みんな疲れてるね」
ミコトがぽつりとつぶやくと、
セラが一瞬、言葉に詰まった。
「……うん。そう、ね。今の鉱山は……少し、きびしいの」
カナトが腕を組んで壁にもたれたまま、視線を落とす。
「人手が足りてねぇのか?」
セラは、少し周囲を気にするようにしてから、
声を落として言った。
「……いま、国王がね。
病で床に伏せているの。ほとんど動けない状態」
「え……じゃあ、政務は誰が?」
「奥さま……つまり王妃様が、すべて取り仕切っているの。
でも……その人が、すこし……厳しすぎるというか……」
ミコトが目を見開く。
「独裁、ってこと?」
「言葉には気をつけてね」
セラが、微笑みながらもきゅっと目を細める。
「……でも、事実上、それに近い状態よ。
楯突いた貴族たちはみんな爵位を剥奪された。
一族まるごと追放された例もあるって……噂ではね」
「じゃあ、労働条件とかも……」
「……お金の流れは、もう王妃様のご機嫌次第。
“国のため”って言えば、何でも正当化されてしまうの」
通路の下――
腰を曲げて鉱石を拾っていた初老の男が、
そのままうずくまるように倒れ込んだ。
「……!」
ミコトが駆け出そうとするが、
カナトがとっさに腕を伸ばして止める。
「見学者は入るなって言ってただろ。下手に動くとこっちが疑われる」
そこへ慌てて駆けつけた若い鉱夫たちが、
倒れた男を抱き起こし、何か薬を与える。
……慣れた手つきだった。
「……あんなの、日常茶飯事なんだ」
セラの声が、痛々しく響いた。
「でも……誰も、声を上げないの。
声を上げたら、次は自分が消されるかもしれないから」
ミコトは、強く拳を握った。
「そんなの……おかしいよ」
「うん。……おかしいのよ」
セラの表情から、いつもの笑顔が消えていた。
その瞬間、ミコトは確信した。
(この人は、知ってる。もっと深いところまで――)
(……知っていて、黙ってる。守るために)
次第に、セラの素性の“輪郭”が、輪郭だけが、ぼんやりと見え始めていた。
⸻
ミコトがふと、立ち止まって言った。
「……今日は、お店あける予定だったんでしょ?
ごめんなさい、私のわがままで――」
セラは、驚いたように目を見開いた後、ふわりと微笑んだ。
「いいえ。私も、とても楽しかったし……
それにね、この国のこと、やっぱり――好きだって、改めて思えたの」
「……セラさん……」
「誰かのために掘って、売って、支えて、
それでも報われないこともあるけれど。
それでも私は、この石の国が、嫌いにはなれないの」
セラの声には、確かな想いと、少しの寂しさが混ざっていた。
「だから……ありがとう。今日一緒に歩いてくれて。
“忘れかけてた何か”を思い出せた気がするわ」
ミコトは、その手をそっと握った。
「……私も。セラさんが案内してくれたから、
この国の“綺麗なところ”も、“痛いところ”も、ちゃんと知れた」
セラは、少しだけ目を伏せ、そっと空を仰いだ。