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ぬくもりの残る家

少女に案内されて着いた家は、坂道を少し下った静かな裏路地にあった。

外観こそ石造りで立派だが、周囲の家に比べてどこか人の気配が薄い。


 


「どうぞ、入って」


 


少女が扉を開けると、ほの暗い空気がふわりと流れ出てきた。

中に一歩足を踏み入れたミコトとカナトは、思わず言葉を失う。


 


部屋は広く、整ってはいたが――

どこにも“暮らしの匂い”がなかった。


テーブルの上には何も置かれておらず、床には埃ひとつない。

壁の棚には綺麗に並べられた食器があるが、どれも使われた形跡がない。


 


「……ここ、あんまり使ってないの?」


 


ミコトがそう尋ねると、少女は少しだけ目を伏せた。


 


「うん……ここ、誰も来ないから。

私、ひとりの時しか使わないの。……ごめんなさいね、汚くて」


 


その言葉に、カナトの眉がぴくりと動いた。

“誰も来ない”――まるで、来ることが許されていないかのような言い方だった。


 


「いや、別に汚くはねぇけど……」


カナトがごまかすように言いながら椅子に腰を下ろす。

ミコトはゆっくりと辺りを見渡していた。


 


(この家、なんだか……寂しい)


家具も、照明も、きちんと揃っている。

でもそこには、誰かと笑い合った記憶のような“ぬくもり”が一切ない。


まるで、飾り物のような空間。


 


「ねぇ、ほんとは……」


ミコトが何か言いかけたその時、

少女は明るく笑って声を被せた。


 


「さ、なにか食べましょう! お礼って言ったもの!」


 


その笑顔は、どこか“演じている”ように見えた。

ミコトは黙って頷き、台所に立つ少女の背中を見つめた。




食卓の準備を整えながら、少女はふとこちらを振り返った。


 


「ねえ、あなたたち……旅人さん?」


 


「ん? まあな。放浪中ってやつだ」


カナトが腕を組みながら答える。


 


「じゃあ……名前、聞いてもいい?」


 


ミコトとカナトが目を見合わせて、どちらからともなく頷いた。


 


「ミコト。……私は、ミコトって言います」

「カナトだ。こいつのお守り中」


 


ミコトが思わず笑いかけると、少女もほっとしたように微笑んだ。


 


「そう……ミコトさんに、カナトさん。

私の名前は――セラって言うの。どうぞよろしくね」


 


そう言って頭を下げた彼女の声には、どこか品があった。

でも、それを押し隠すように、彼女はすぐに明るい声を張り上げた。


 


「さ、召し上がって! 質素なものばかりだけど……精一杯、作ったの」


 


テーブルの上には、素朴な料理が並んでいた。

スープは澄んでいて香りがよく、焼いた根菜にはほんのりとした甘み。

パンは固めだが、少し温め直されていて柔らかい。


 


「うま……」


 


ひとくち食べたカナトが、思わず声を漏らす。


 


「ほんと、美味しい……」


ミコトも小さく頷きながら、スプーンを口に運ぶ。

豪華な料理じゃない。

でも、どれも“ちゃんと手で作られた”味がした。


 


「ほんとに、すごいね……。さっき“料理得意”って言ってたけど、本当だった」


 


「ふふ、でしょ? こう見えて得意なのよ?」


セラは、誇らしげに胸を張った。

その笑顔には、ほんの少しだけ――

“誰かに認められることの嬉しさ”が滲んでいた。



ーーーーー


「ごちそうさまでした! とても美味しかったです!」


 


ミコトが丁寧に頭を下げると、セラはふわりと笑った。


 


「喜んでもらえてよかった」


 


「ここらへんの近くに、宿ってあるかな?」

カナトが立ち上がりながら問いかけると、セラは少しだけ考えた顔をした。


 


「うーん……このあたり、旅人向けの宿は少なくて……あ!」


 


パッと手を打ち、彼女は言った。


 


「私、今日の夜は仕入れがあるの。

隣町まで行くから、たぶん帰りは朝になるわ」


 


「……仕入れ?」


カナトが眉をひそめると、セラは苦笑した。


 


「そう、だから私がいない間、よかったら――この家、使って?」


 


「え?」


 


「だって、この家……ずっと一人だったから。

人の温もりがあると、喜ぶと思うの」


 


彼女の笑顔は明るいけれど、どこか、遠くを見るような目をしていた。


 


「いいのか?」


カナトが慎重に尋ねると、セラは頷いた。


 


「うん。鍵、ここに置いておくから。

ベッドは一応ふたつあるし、タオルも清潔なものを置いてあるわ」


 


ミコトは、その優しさの裏にある“何か”に気づいたように、

ゆっくりとセラの手を握った。


 


「ありがとう、セラさん。……あなたのこと、もっと知りたくなった」


 


セラは一瞬、目を見開いた。

でもすぐに、少しだけ照れたように笑った。


 


「……ふふ、それはまた今度ね。

帰ってきたら、また話しましょう」


 


そう言って、彼女は小さな荷物を手に取り、

夜の路地へと姿を消していった。



ーーーーー


「ねぇ、カナト……どう思う?」


 


布団に潜りながら、ミコトがぼそっと声を漏らした。


 


「ん?」


 


「セラさん、なんか……わけありっぽいよね?」


 


カナトはしばらく沈黙してから、あっさりと答えた。


 


「……ああ。雰囲気でわかる」


 


「でも、いい人なのは間違いないよねー」


 


「うん。料理もうまいし、言葉に棘もないしな。

……まあ、明日になればなんかわかるだろ?」


 


「うん……」


 


それきり、部屋は静かになった。

誰かの夢の続きを、そっと見守るように。

家の空気は静かに、二人の眠りを包み込んだ。


ーーーーー

翌日・昼近く


 


トントン――


 


小さなノック音に、カナトが目を覚ました。


 


「……誰だ?」


 


玄関の方へ向かうと、そこには

数個の宝石と紙袋に入った食材を抱えたセラが立っていた。


 


「おはよう、よく眠れた?」


 


「……まあな」


 


「よかった。じゃあ、今ごはん作るわねー!」


 


そう言ってセラは、まるで昨夜の会話などなかったかのように

いつもの笑顔で台所に立ち始めた。


 


ミコトも目をこすりながら起きてきて、その光景を見つめる。


 


(やっぱり……何かを、隠してる)


けれどそれは、誰かを傷つけるための秘密じゃない。

むしろ――誰かを守るためのものなんだろうと、ミコトは思った。


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