オルベ村とメルバおばあちゃんと収穫と
数日が経ち、
その日ようやく小さな村ー
オルベ村にたどり着いた頃には、すっかり陽は沈み、空には星が瞬いていた。
「やば……宿、ないじゃん……」
村の入り口に掲げられた地図を見て、カナトが苦笑する。
「ま、まあ、そんなに大きい村じゃないし……」
「ミコト、お前、もし俺がいなかったら今夜どうしてたんだ?」
「……焚き火して、野宿?」
「やめろ。ここら辺野犬凄いんだぞ
そんな危ないことは絶対させねぇ」
カナトが本気で眉をひそめた、そのとき。
「――あら、旅のおふたりさん?」
とん、とん、と下駄の音。
ひとりの女性が道の向こうから現れた。
白髪まじりの髪を後ろでひとつに結んだ、優しげな農婦だった。
「あらあら、旅人さんこんな時間に……村の宿屋とかはないのよ。
2人とも若いし危ないから
よかったら、うちに泊まっていきませんか?」
ミコトが戸惑っていると、カナトがすぐにぺこりと頭を下げた。
「助かります!! ほんと助かります!!」
「おやおや、元気な男の子だねぇ。
私の名前はメルバ、
みんなからはメルバおばあちゃんって呼ばれてるの」
「俺はカナト、こっちはミコト」
「はいはい〜ついておいでな」
そうして2人は、農家の古びた家に案内される。
囲炉裏には火が灯り、湯気の立つお味噌汁の香りがふわりと鼻をくすぐった。
「あったけぇ……」
「ふふ、今日はサツマイモご飯ですよ。いっぱいお食べなさいな」
「……っっ、好き……!」
「ん?」
「いや! この匂いが……すごく、好きって意味で!!」
ミコトの顔が真っ赤になり、カナトは隣で爆笑していた。
――そして夜。
囲炉裏の火がゆらゆらと揺れる中、ふたりは並んで布団に入った。
「なあ、ミコト」
「……ん?」
「今日、手繋いでなかったな。忘れてたわ」
「もう寝なよ……バカ」
「お前がバカって言うなら、それでいい。バカでも、もう離さねぇから」
そう言って、またミコトの手をそっと握る。
今度は、布団の中で――。
外では、風が畑を撫でていた。
それはまるで、優しくふたりを祝福するかのように――。
⸻
その朝、空は抜けるように青く、澄んだ風が村を吹き抜けていた。
「おはようございます! 昨夜は本当にありがとうございました!」
ミコトとカナトは、ぺこりと頭を下げる。
「おはよう、おふたりさん。朝ごはんはあとにして、よかったら畑の手伝いしてくれるかい? 朝露が乾く前に、収穫しちゃいたくてね」
「やります!!」
即答したのは、ミコトだった。
目をきらきらと輝かせている。
「わぁ……すごい! このトマト、真っ赤! きれい……!」
「それ、今もいでいいよ。茎のとこ、ちょっとひねるとすぐ取れるからねぇ」
「はいっ……あっ、取れた!」
ミコトが嬉しそうに、手に乗せたトマトを見つめる。
「すっごい新鮮……」
その顔は、まるで子どものように輝いていた。
「ミコト、それナスの葉っぱだから気をつけろよ。ちくちくすんぞ」
「え? えっ……あっ……いったっ」
「言ったのに!! バカ!」
「痛いけど……楽しいっ!」
土でちょっとだけ汚れた指先を見て、ミコトはふふっと笑う。
「ふふ……カナト、見て。野菜って、こんなに生きてるんだね」
カナトは、ちょっと驚いたような顔をして、それから目を細めた。
「……お前って、ほんと変わってんな」
「なにそれ、褒めてるの?」
「もちろん。……最高に、可愛い」
「うるさいっ」
ミコトはぷいっとそっぽを向いたが、その頬はうっすらと赤く染まっていた。
畑の中で、ふたりの笑い声が風に乗って広がっていく。
やがて朝露が消え、日差しが土を照らしはじめた頃。
メルバおばあちゃんが家から顔を出し、手を振った。
「おーい! ふたりとも、朝ごはんできたよー!」
「はーい!」
土と緑と、あたたかな人の声。
そんな何気ない朝が、ミコトにとってはきっと――
一生の宝物になる。