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名もなき墓に、祈りを

霧が晴れたあと、村の奥――

瓦礫と朽ちた建物の向こうに、それはあった。


 


土を掘っただけのくぼみ。

名も、標も、何もない。


 


けれどそこには、確かに“誰か”がいた痕跡が残っていた。


 


カナトが小さく息を呑む。


 


「……ここ、全部……」


 


ミコトは、静かに頷いた。


 


「弄ばれて、傷つけられて……

 そのまま、誰にも知られず、亡くなっていった人たちの最期の場所です」


 


沈黙が降りる。

兵士たちすら、言葉を失っていた。


 


「名前も、歳も、どんな人生だったかも、何ひとつ残っていない。

 でも、だからこそ――

立派なお墓は……作れないけれど」


 


ミコトの声は、少しだけかすれていた。


 


「せめて、ここに“人が生きていた”ってことだけは、残したい」


 


その言葉に、カナトもシオンも頷いた。


 


何も言わず、皆で穴に土をかけていった。

拾い集めた石を、一つひとつ重ねていく。


 


どれも不揃いで、どこにでもあるような石だった。

でも、それはたしかに――彼らの“証”になった。


 


無言で手を動かしながら、誰かが泣いた。

誰だったかはわからない。







ミコトは、ひとり、完成した墓の前へと進み出た。


 

両手を胸の前で組み、目を閉じる。


 


「どうか……」


 


その声は、風のように静かだった。


 


「この村で奪われた、すべての命が――」


 


「どうか、安らかに癒されますように」


 


 


――その瞬間だった。


 


何かが、ふわりとほどけた。


 


空気が、震えたように揺らぎ、

村中から、光が舞い上がった。


 


赤錆びた柵の下から。

血が染みついた地面の割れ目から。

朽ちた窓の奥、鎖の落ちた床の隙間から。


 


数えきれないほどの、光の粒たちが――

静かに、空へと昇っていった。


 


それはまるで、

「ありがとう」と、

「ようやく、行ける」と、

そう言っているようだった。


 


誰かが、嗚咽を漏らした。


 


理由はわからない。

でも涙が勝手にあふれた。


 


ミコトの手が、わずかに震えていた。


 


初めてだった。

“癒し”が、生きた者ではなく、

この世にもういない者たちに――確かに届いた瞬間。


 


ずっと閉じ込められていた苦しみが、

今ようやく、空へ還っていく。


 


空は、澄みきっていた。


 


その光の昇る空を見上げながら、ミコトは祈るように呟いた。


 


「もう、苦しまなくていい」


 


風が、そっと吹き抜ける。


 


それはまるで、答えるように――

とても、とても優しかった。






ーーーーー



シオンが空を見上げながらぽつりと言った。


「……今頃、レイガ様もこちらへ向かっていると思うから、たぶんもう少しでこちらにーーー」


 


その言葉に、カナトが目を見開く。


「マジ!? やべぇ、急ごうぜミコト!!」


 


ばたばたと荷物をまとめる彼を見て、ミコトはくすっと笑った。


 


「……そんなに?」


 


「そりゃそうだろ! あの王子様、怒ったらマジで怖ぇんだから……!」


 


カナトは背負い袋を思い切り肩に掛け、振り向きざまに叫んだ。


 


「今度こそ手ぇ離さないから安心しろって、レイガに伝えといて〜!!」


 


そう言いながら、どこか誇らしげに笑う。


 


「んじゃ、感動的に俺たちは去るわ! じゃーな!!」


 


手を振り、カナトはミコトの手を取る。


その背に日が差し、二人の影が長く伸びていった――


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