その手は、あたたかかった
牢の中は、沈黙に包まれていた。
先ほどの少女以外よ子どもたちや女性はまるで壁の一部のように膝を抱え、声を発さない。
ミコトはそんな空気の中で、ずっと気になっていた人の姿を見つめていた。
――牢の外。
焚き火のそばの、木の椅子に座る女。
長い髪。
やせ細った背中。
誰かを見ているようで、何も見ていないような、静かな横顔の笑顔の女性。
足には、ほどけかけた包帯。
それが、古びた足枷よりも痛々しく見えた。
「……あの……外にいる方、怪我……してるんですか……?」
静かな声で呼びかけたが、女は何も言わなかった。
焚き火のはぜる音だけが返ってくる。
「包帯、替えた方がいいんじゃ……」
女はちらりとミコトを見ただけで、また目を逸らした。
表情は、まるで“何も聞こえていない”ようだった。
(……でも、痛いはず……)
ミコトは、そっと手を柵の隙間から差し出した。
(せめて、少しでも……)
その手が、鉄格子の隙間をすり抜け、
女の足首にそっと触れた瞬間――
ミコトの中で、“なにか”が反応した。
あたたかい光のようなものが、静かに流れ出す感覚。
(……なにこれ……)
何も言葉は出なかった。
ただ、“この人の痛みを取ってあげたい”――
それだけを思っていた。
次の瞬間だった。
女の体が、びくんと揺れた。
「……っ……!」
足を動かした。
ほんの少し、つま先が震え――
そして、もう片方の足まで、ゆっくりと動く。
ミコトが手を引いたとき、
女は、固まったようにその場に座り込んだ。
「……動いた……?」
小さく、かすれる声。
「嘘……私の足、動く……の……?」
その目が、初めてミコトを“見た”。
震えるように問いかける。
「…え、なんで…あんた名前は……?」
「えっ……?」
「……あんたの、名前」
「……ミコト、です」
焚き火の音が、一瞬だけ遠のいたような気がした。
女はぽつりと呟いた。
「ミコト……
私の名はリナ。
あんたの手、あたたかかった。
……ここで、そんなふうに触れてくれたの、久しぶりだったよ」
そして――静かに、
ほんの少しだけ、笑った。
――つづく。