目覚めた牢と、沈黙の子どもたち
重たいまぶたがゆっくりと開く。
鉄の匂いと湿った土の冷たさが、鼻を突く。
――暗い。
ミコトは薄ぼんやりとした視界の中で、
どこかの床に寝かされていることを理解した。
(……ここは……どこ……?)
天井はない。
いや、あるのかもしれないが、
見上げても何も見えないほど暗い。
手をつこうとした瞬間、
背後から、小さな足音が聞こえた。
「……起きたの?」
か細い声。
振り向くと、ひとりの少女がこちらをじっと見ていた。
年の頃は、十歳にも満たないだろう。
ぼさぼさの髪、膝にすがるような細い腕。
だが何より、印象的だったのは――その目。
何の感情も映していない、“死んだ目”。
「……あなたも、売られたの?」
ミコトは、一瞬息が止まった。
(……なに……それ……)
背筋を凍らせるような言葉。
それを、少女はまるで「今日の天気」を尋ねるように口にした。
(売られた……? 私が?)
ミコトはようやく起き上がり、自分の状態を確認する。
服は着たままだが、持ち物はすべてない。
視線をめぐらせたその場所は、
石造りの壁に囲まれた、小さな地下の牢だった。
――牢。
「ここ……どこ……なの……?」
震える声で問いかけたミコトに、
少女は静かに言った。
「“人買いの村”だよ。
わたしたち、ここで“順番”を待ってるの」
(順番……って……)
その言葉の意味が、
ミコトの中でゆっくりと形になっていく。
奥のほう、薄暗いその牢の隅には――
何人もの子どもと女たちがうずくまり、
小さな声もあげずに、ただ時間をやりすごしていた。
怯えているのではない。
すでに怯えることにすら、疲れているのだ。
誰も泣かない。
誰も助けを呼ばない。
誰も、何も言わない。
ただ、静かに、“その時”を待っていた。
(ここ……本当に、“現実”?)
あまりに冷たいその空気の中で、
ミコトは自分の鼓動だけがやけに大きく響くのを感じていた。
ふと、牢の扉の前に――
椅子に座る“誰か”の姿が見えた。
ぼんやりと、焚き火の明かりが照らすその人影。
長い髪。やせ細った肩。
そして、静かに膝に手を置いたまま、動かない。
彼女は――笑顔だった。
“迎えるため”のものでも、
“希望の光”でもなかった。
ただ、“諦めた人間”の、静かな仮面だった。
その人の名は――
リナ。
――つづく。