地獄への入り口
朝――。
ゆっくりと筋肉痛を癒したミコトは、カナトと共に再び歩き始めていた。
柔らかな陽射し、ざわめく木々、空の青――それは一見、平穏な一日の始まりだった。
「足、大丈夫か?」
「……うん。ちょっとずつだけど、慣れてきた」
「へぇ、そりゃ成長ってやつだな。……旅人としての一歩だ」
カナトが軽く笑い、ミコトも釣られるように口元をゆるめた。
だがその笑みは、やがて変わりゆく空気にかき消される。
正午を過ぎた頃、森の中の道が徐々に――途切れはじめたのだ。
「……あれ? 地図、合ってる?」
「……たぶん……でも、霧……こんな濃かったっけ?」
いつの間にか、白い霧が森全体を包み込んでいた。
視界はどんどん狭まり、風の音すら消えていく。
鳥の鳴き声も、遠ざかっていく。
(変だ――この森、まるで“閉ざされている”みたい……)
「……ミコト、手ぇ離すなよ」
「うん……」
だが次の瞬間、
足元の石につまずき、ミコトは転びかけた。
「――っきゃ!」
「おいっ!」
カナトが振り返るも、その姿は霧に飲まれて――
そのまま、声も、手も、届かなくなった。
***
ミコトはひとり、森の中に立っていた。
霧は一層濃くなり、肌を撫でる風も冷たく感じる。
(落ち着いて……カナトはきっとすぐ見つけてくれる……)
(とにかく、森の外に出よう……!)
息を整えながら歩くミコトの視界に、ふと――
ぼんやりと、灯りが浮かんだ。
「……あれは……人の、家?」
霧の中から現れたのは、
低い木造の家がいくつも並ぶ、小さな村だった。
誰も声を上げてはいない。
ただ、家の戸口にひっそりと立つ“誰か”が、
無言でこちらを見ていた。
ミコトは思わず息を呑んだ。
その“視線”には、どこか、温度がない。
でも、微笑んでいるようにも見えた。
「旅人さんかい? ……今日は霧が深くて危ない。
ここに泊まっていくといいよ」
低く、優しげな声。
ガタイのいい中年の男が、微笑みながら近づいてくる。
「食事も用意するよ。疲れてるだろう?」
「……あ、でも連れがいるんです……」
「ここら辺は、ここしか村がないからあとからきっと来るから大丈夫だよ。
さ、入った入った」
(……変だ。でも、優しい……)
ミコトは警戒しつつも、その言葉に従うことにした。
空腹と疲労、そして心細さに勝てなかった。
ミコトが奥へ足を踏み入れた瞬間、
彼女の背後で、戸口に立っていた誰かが――
にたりと笑った。
この村が、
“地獄”の入口だとも知らずに――