初めての筋肉痛
朝――。
小鳥のさえずりと共に、ミコトはゆっくりと目を覚ました。
昨夜、満天の星空の下で眠った丘の上は、夜露に濡れながらも心地よく、どこか懐かしい香りがしていた。
……ただし、身体の異変を除いては。
「……ん、んぐっ……」
ミコトは、上体を起こそうとしたところで、ぴしりと電撃のような痛みに襲われた。
「あ……っ!?」
太もも。ふくらはぎ。背筋。すべてが主張してくる。
「……なにこれ……なんか……足が……とっても痛い……」
その呻き声を聞きつけて、近くで焚き火をいじっていたカナトが振り向いた。
「おー、ようやく起きたか。どうした?顔やべぇぞ?」
ミコトはうずくまりながら、必死に言った。
「わ、わかんない……これってもしかして、毒とか……?」
「いやいやいやいやいや!ちげぇちげぇ!毒じゃねぇよ!そっちのほうが怖ぇよ!」
「じゃあ、なんなのこれ!? 歩けないくらい痛いんだけど……」
カナトは笑いながら肩をすくめた。
「それな、筋肉痛ってやつ。昨日めっちゃ歩いたからだよ。はじめてか?」
「き、筋肉痛……?」
ミコトはしばらく呆然としたあと――おもむろに、自分の手を足に当てた。
「――“癒し”の力で、痛みを――」
「いやいやいやいやいやいや!?!?」
カナトが全力で止めに入った。
「おまっ、マジでそれに“癒し”使う気!? やめろやめろ!もったいねぇだろ!!」
「だって、痛いんだもん……」
「いやまぁ、わかるけどよ!? 筋肉痛ってのは、“筋肉が育ってる証”なんだよ!旅人として一歩成長してんの!」
「育ってる……?」
ミコトは不思議そうに、自分の足を見つめた。
「じゃあ……これ、ちゃんと“前に進んだ”ってことなんだ……」
「そーいうことだ。旅はな、進んだ分だけ痛ぇんだよ」
カナトはドヤ顔でうなずきながら、焚き火の上の湯を指差す。
「とりあえず温めたお湯で足あっためとけ。あと朝メシ食って、今日のペースは超ゆっくりで行く。文句はなし!」
「……ありがと。……筋肉痛って、けっこうドラマチックなんだね」
カナトはちょっとだけ笑ったあと、ぼそっと言った。
「お前が言うと、なんか名言っぽく聞こえるから困るわ」
――旅の2日目は、ちょっと痛くて、温かい朝で始まった。