歩幅を合わせてくれる人
「んで、行き先とか……なんか決めてるの?」
国から少し歩き出したばかりの道で、カナトが軽く首を傾げて尋ねる。
リュックの中から、木彫りの護符が微かにカタリと音を立てた。
「何も決めてないけど……」
ミコトは少しだけ考えてから、ぱっと笑った。
「海、見てみたい!」
その言葉に、カナトがにっと笑う。
「じゃ、南だな!」
ミコトが目を丸くする。
「え、もう即決?」
「当たり前だろ?海っつったら南に決まってんだろ?あと飯がうまいって噂」
「……それ、旅の目的変わってない?」
ふたりの笑い声が、朝の空に溶けていった。
目的地も曖昧な旅の始まり。
でも――足取りは、不思議と軽かった。
――南へ。けれどそれは、人生で初めて“歩く”旅だった。
午前中。空は高く、雲ひとつない快晴。
ミコトは新調した旅装束に身を包み、胸を弾ませていた。
「ねぇ、これが“自由”ってやつかな」
「たぶんそれ、まだ“入口”だな。自由って、地味に体力使うぞ?」
カナトは笑ってミコトの背中を押す。
2人の旅が、ついに始まった。
***
昼すぎ――森を抜け、広い丘陵地を進む道。
カナトの足取りは軽いが、ミコトの様子がどこかおかしい。
「……はぁ、はぁ……ちょっと……」
「ん?」
振り返ったカナトは、思わず目を丸くした。
ミコトが、道の端にしゃがみ込んでいた。
「うそだろ……おいおい、まだ出発から半日も経ってねぇぞ」
「……ごめん、足が……がくがくする……」
「え!?そこから!?」
カナトは慌てて水筒を差し出し、彼女の隣にしゃがみ込む。
「……もしかして、体力ゼロ?」
「いままで……王宮の中でも、部屋から出るのも制限されてたし……
階段ですら登ったこと、ほとんどないの」
「そっか」
カナトはそれ以上、何も言わなかった。
ただ、そっと彼女の背に手を添えた。
「今日はここで一泊しよ。丘の上にいい感じの木がある。風通しもいい」
「……でも、全然進んでないのに……」
「いいの。お前のペースで歩け。俺はお前の隣にいりゃそれでいい」
***
夜。星空の下、焚き火の音だけが静かに響く。
「……ごめんね、頼りなくて」
「そーいうの、何回言う気?」
「ふふ……3回目ぐらい」
「じゃあ次は“ありがとう”って言え」
「うん。ありがとう」
ミコトは火の向こうのカナトに、ふわりと微笑んだ。
「歩いてるとね、いろんなこと考えるの。空の色、風の匂い、足の痛さとか……
でも、それでも“行きたい”って思える場所があるって、なんだか幸せだなって」
「……そっか」
カナトもまた、星を見上げながら言った。
「じゃあ、明日はもうちょいゆっくり進もうか。
寄り道して、途中でうまいもん食って、足湯なんかもあったら入ってさ」
「……まるで観光みたい」
「それがいいんだよ。自由なんだからよ」
夜風が、2人の髪をやさしく撫でる。
明日もまた、ミコトにとって“初めての一歩”になる。
――自由って、こんなにしんどくて、
こんなにも美しいんだ。