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それでも、あなたに選ばれたくて

王宮・執務室


重い空気の中、扉が開いた。

現れたのは――カナト。正装ではなく、旅装束だった。


 


レイガは視線を上げる。「……来たか」


 


カナトは無言で、懐から一枚の紙を差し出した。

――辞表だった。


 


「……もう決めた」


「お前らしいな」


 


レイガは小さく笑って、それを受け取る。

だがその手が、ほんの少しだけ震えていた。


 


「正直……お前が羨ましいよ」


 


一瞬、カナトの目が揺れた。


 


「だろ?」


 


軽く笑って言い返すその声には、

いつものふざけた調子と――ほんの少しの照れが混ざっていた。


 


「俺は、手放してでも、ミコトに“選ばれたい”って思ってるだけだから」


「……それが、お前の誠意か」


「うん。ま、旅先でいろいろあるだろうし? その時にまた、ちゃんと向き合えばいいんじゃね?」


 


レイガは微笑を浮かべたまま、視線を窓の外へとやる。


「そうか……カナト。お前に“背中を預けられない”のは残念だな」


 


「俺は“隣”に並ぶ方が性に合ってんだよ」


 


最後に肩をすくめ、カナトは踵を返す。


 


「……大事にしろよ。あいつの気持ち」


 


そう残して、彼は扉を静かに閉めた。


 


執務室に残されたレイガは、辞表を胸元に仕舞い、

ただ小さくつぶやいた。


 


「……負ける気は、ないけどな」




ーーーーー



王宮・レイガ私室


ふたりきりの静かな部屋。

外では風が梢を揺らし、時折、遠くで鳥が鳴く声が聞こえる。


 


「……カナト、辞めたんだって?」


 


ミコトの問いかけに、レイガは黙って頷いた。


 


「私、彼には……この国にいてほしかった。

 だって……あの人、私よりもずっと、この国のこと、見てたから」


 


レイガはゆっくりとミコトに近づき、隣に腰を下ろす。


 


「それでも、彼は君を選んだ。

 この国よりも、自分の想いを――そして、君の未来を信じたんだよ」


 


ミコトは顔を伏せたまま、小さく呟いた。


「私……また誰かの未来を奪っちゃったのかな」


 


「違うよ」


 


レイガの声は低く、まっすぐだった。


 


「君は誰かを奪う人じゃない。

 ただ、君と生きたいって願う人が……ここにも、あそこにも、いるだけだ」


 


「……でも、婚姻なんて……勝手に決められて。

 私、こんなの、嬉しくないよ」


 


「……俺も、不本意だった」


 


その言葉に、ミコトは驚いて顔を上げた。


 


「こんな形で、君を縛りたくなかった。

 俺は――ちゃんと、君と気持ちを通わせたかった」


 


ミコトの瞳に、じわりと光が滲む。


 


「だったら……どうして、止めてくれなかったの……?」


 


「止めたかったさ。でも……“君の自由”を、俺が壊したくなかった」


 


一瞬の沈黙。


 


「レイガ……」


 


「君が旅に出たいなら、出ればいい。

 俺は……ただ、“待つ”ってのも、悪くないって思ってる」


 


 


ミコトはその言葉に、涙をこらえながら、笑った。


 


「それ、ズルいよ」


 


「うん。ズルいんだ。

 でも、“ミコトを愛してる”ってことだけは、ズルくない」



レイガの言葉に、ミコトは黙り込んだまま、そっと顔を伏せた。


 


しばらくして、ぽつりと声を漏らす。


 


「ねぇ……レイガは、どうして……」


 


「どうしてこんなに、私に優しくしてくれるの?」


 


 


レイガは驚いたように目を細め、少しの間、黙っていた。

そして、静かに視線を夜空に移す。


 


「……自分でも、うまく言えないんだ」


 


窓の外では、星が瞬いていた。


 


「でも――きっと、過去に守れなかったことがあったのかもしれないって、そんな気がするんだ」


 


ミコトの目が、わずかに見開かれる。


 


「理由も、記憶も、何も残ってないけど。

 “君を傷つけたことがあるんじゃないか”って――そんな気がして、たまらなくなるんだよ」


 


彼の声には、穏やかだけど、深く沈んだ想いがあった。


 


「だから俺は、今の君を守りたいって思う。

 ……今度こそ、後悔しないようにって」


 


ミコトは小さく息を呑み、そして、何も言えずにレイガを見つめた。


 


彼の優しさは、今この瞬間だけのものじゃない。

もっとずっと前から、時を越えて繋がっているのかもしれない――


 

レイガの肩に、そっとミコトの頭が寄り添った。

星の光が、ふたりを優しく照らしていた。


 

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