表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/71

誰のものでもない、意志

翌朝早く、レイガは国王に面会を求めた。

王座の間にはまだ朝の冷たい空気が残っており、重厚なカーテンの隙間から、かすかに陽が差していた。


 


レイガはひざまずき、静かに報告した。


 


「癒し手・ミコトが、“旅に出たい”と望んでいます。

……今の自分の力では足りないと感じ、多くの命に触れ、学びたいと」


 


国王は黙って話を聞いていた。

レイガの真っ直ぐな言葉を否定することはなかった。

だが、そのまま、長い沈黙が続いた。


 


そして、国王は静かに言った。


 


「……すぐには返事ができない」


 


レイガは何も言わず、ただ深く頭を下げた。


 


 


***


 


数日後。

レイガとカナトは、南方の辺境地帯へと公務に出向いた。

災害の復旧支援と視察のため、しばらく王都を離れることとなった。

彼らが不在の王宮では、静かに、しかし確実に“重鎮たち”が動き出していた。


 


国王の名代による会議が開かれたのは、レイガとカナトが王都を離れた翌日のことだった。


癒し手ミコトを国外に出すべきか――

一見「協議」と呼ばれたそれは、実質的には既定路線の“押し切り”だった。


 


癒しの力を国外に出すことへの懸念。

国威の低下。

他国への技術流出とみなされる危険性。

政治的混乱の種。


 


あらゆる“理由”が飛び交い、ミコトという存在は、

もはや“人間”ではなく“国家資源”として扱われ始めていた。


 


そして、ある者が言った。


 


「いっそ、第一王子レイガ殿下と婚姻させればよいのでは?」


 


誰かが息を呑んだ。

しかし次の瞬間、別の者が頷く。


 


「確かに。妃とすれば、旅にも出せまい」

「民衆も納得する。むしろ支持されるだろう」

「癒し手が王族に入る……これは国家としての威信だ」

「妥当な手段だ。よし、決を取ろう」


 


わずか十数分のうちに、

本人たちの意思を一切無視した“婚姻”が、事実上の“国の決定”として可決された。


 


その場で唯一、国王だけが静かに異を唱えた。


 


「……子らの意思を問わず、婚姻を定めるなど……それは、“政治”ではない。

それは――ただの“封じ込め”だ」


 


しかし、その声は多数決の中にかき消された。

王ですら、ひとりでは止められなかった。


 


***


 


数日後。


ミコトの元に、正式な通達が届いた。


“第一王子レイガ殿下との婚姻が決定されたことを通知する。

今後は王宮側との連携のもと、儀礼・行動・公務の調整が開始される”


 


彼女は――呆然と立ち尽くしていた。


 


(決まった?……わたしの、知らないところで?)


(わたしは、“行きたい”と願っただけなのに)


 


言葉が出なかった。

怒りも悲しみも、何も湧いてこなかった。


ただ、“すべてが仕組まれていた”という現実だけが、心にぽたりと落ちていった。


 


 


***


 


王都に帰還したレイガがその話を耳にしたのは、翌朝だった。


 


報告を聞いた瞬間、部屋の空気が一変した。

護衛たちが思わず一歩下がるほどの、張り詰めた沈黙。


 


レイガは即座に玉座の間に向かった。


 


「どういうことですか」


 


怒気を孕んだ声で、国王を真正面から見据える。


 


「どうして、“婚姻が決定された”んです。

……どうして、本人たちの意思を問わずに?」


 


国王は苦しげに目を伏せる。


 


「……国の、決定だ」


 


「答えになっていません」


 


レイガは一歩踏み出した。


 


「これは政治ではない。押し付けです。

“癒し手を妃にすれば動けなくなる”――それが、理由でしょう?」


 


誰も答えなかった。


 


レイガは踵を返し、会議室へと向かう。

そこには、あの日ミコトの旅を否定した、重鎮たちの顔が揃っていた。


 


彼は、正面に立ち、まっすぐに言った。


 


「本日をもって、癒し手ミコトは――私の“婚約者”であることを了承する」


 


ざわめく声。

だが、その次の言葉が場を支配した。


 


 


「ただし――」


 


 


レイガは一瞬、周囲を睨むように見渡し、堂々と言い放った。


 


「私の妻になる者の“自由”は、私が決めます。

そして、彼女には“旅に出る自由”を認めます」


 


「それは、この国の未来にとって――

“極めて有益な旅”となるでしょう」


 


沈黙。

重鎮たちは声を失った。

誰も、第一王子の“許可”という手段を想定していなかった。


 


その日、“王家の力”によって、ミコトの自由が取り戻された。


皮肉にも、彼女を縛るための“婚姻”が、自由の盾となった。


 


レイガの瞳は、誰よりも冷静で、

誰よりも、怒っていた。


 


(彼女の意志を、俺が守る。

この国に奪わせるものか――)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ