閉ざされた扉の、その内側で
朝。
ミコトは、ぼんやりとした視界の中で、天井の模様を見上げていた。
――王宮。自分の部屋。
それなのに、空気がどこか違っていた。
(……なんだろう、この違和感……)
身を起こした瞬間、視界の端に気配を感じる。
思わずそちらを向くと――
壁際に、護衛の兵士がひとり。無言で立っていた。
「……え?」
目が合うと、兵士は軽く頭を下げた。
けれど、それ以上は何も言わず、ただそこに“居る”。
ミコトは思わず言葉を失った。
今まで、護衛は外にいたはずだ。
少なくとも、自分の“プライベートな空間”にまでは入ってこなかった。
扉の外にも、複数の気配。
まるで――何かから守る“檻”のように。
そのとき、ノックもなしに扉が開いた。
「……おはよう、ミコト」
レイガだった。
すでに王族の正装をまとい、静かな目でこちらを見ている。
「なんで、部屋の中にまで護衛が……?」
そう問いかけたミコトに、レイガはわずかに眉をひそめた。
「……当然だろう。
もう二度と、お前をひとりにはしないって、決めたからだ」
ミコトの胸が、わずかに波打つ。
その目はまっすぐで、迷いも、余白もなかった。
「もう逃げるなよ」
その一言に、ミコトは小さく息を呑んだ。
「逃げたんじゃないよ……ただ、会いに行っただけ……」
ぽつりと返す声は、まるで小さな祈りのようで。
レイガは、ほんの少しだけ目を伏せた後、優しく微笑んだ。
「……だったら、これからは俺に言ってから行け。
お前がどこに行っても、俺が隣にいる」
その言葉が、やけに静かに、部屋に染み込んでいった。
「……おい、レイガ。やりすぎじゃないのか?」
朝の通路に響く声。
それは、現騎士団隊長であるカナトのものだった。
彼は眉をひそめ、レイガを真正面から見据える。
「部屋の中にまで護衛なんて、どう考えても異常だろ。
ミコトは“幽閉されてる”わけじゃねえぞ?」
レイガは一度だけ目を伏せると、静かに言った。
「……それでなければ、またいなくなる」
カナトの目がかすかに揺れる。
「この二週間……ずっと戻れなかった。
俺がいない間にあいつは、どんなに悩んだか」
レイガは言葉を噛み締めるように続けた。
「……次はない。二度とあの子を見失わないために、俺が決めたことだ」
その言葉に、カナトはしばらく黙ったまま、鋭い視線を外さなかった。
「……本気、なんだな」
「当然だ。お前も、俺以上にわかってるだろう」
レイガの視線が、鋭くカナトを突き刺す。
しばしの沈黙――
だが、やがてカナトはふっと息を吐いた。
「……ったく。俺だって、本気なんだけどな」
その呟きにレイガは答えず、ただ静かに扉を見つめた。
その先にいる、たった一人の少女を守るために。