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王妃の祈り

王宮の中庭に、やわらかな陽が差し込んでいた。


白いテーブルクロスの上には、銀のティーセットと季節の果物を使った菓子。


花の香りと、涼やかな風。


けれどその中で、ミコトの心は落ち着かなかった。


 


「ミコト様。王妃様がお待ちです」


 


そう言って案内されたのは、華やかな庭園の奥。


そして、そこにいたのは――


 


「ようこそ。ミコトさん。お時間、いただいてしまってごめんなさいね」


 


静かに微笑む王妃。


その姿は、どこか儚げで――けれど凛としていた。


 


「いえ……そんな……」


 


「こちらへ。どうぞ、楽にしてね。今日の紅茶は、少し香りが強いけれど……この時期にはぴったりなの」


 


ミコトがぎこちなく椅子に腰を下ろすと、王妃は静かにカップを差し出してきた。


紅茶から立ち上るのは、オレンジピールとハーブの香り。


 


「……緊張してるのね」


王妃が微笑む。


 


「……すみません。王妃さまと、こうしてお話しするのは初めてで……」


 


「ふふ。大丈夫よ。私も、今日は“王妃”としてではなく、“一人の母”としてあなたと話したいの」


 


ミコトが、目を見開く。


 


王妃はしばらく紅茶を見つめたあと――


 


「……あなたに、伝えておきたいことがあるの」


 


ミコトは姿勢を正す。


 


王妃の声が、どこか遠い記憶を語るように柔らかくなった。


 


「レイガは……私の子ではないの」


 


 


「――え?」


 


その言葉は、あまりに唐突だった。


けれど、王妃の表情は変わらない。


 


「彼は、前妻との間に生まれた子。だから、私とは血のつながりがないの」


 


ミコトは何も言えず、ただ、王妃の言葉を待った。


 


「私が“後妻”としてこの城に来たとき、正直、居場所なんてなかった。王宮は冷たく、誰も心を許してはくれなかった」


 


そっと視線を空に向ける王妃。


 


「でもね――レイガだけは、ちがったの」


 


その目が、少し潤んだ。


 


「小さな彼が、ふと私の手を取って、『寒いね』って言ってくれたの。

あの時のこと、今でも忘れられないわ」


 


ミコトの胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。


王妃の声が震える。


 


「だから私は、彼を“息子”として育てることを誓ったの。どんなに血が繋がっていなくても――私の、大切な家族として」


 


そして、王妃はまっすぐにミコトを見た。


 


「……ミコトさん。あなたにお願いしたいの」


 


「……?」


 


「どうか、あの子を……レイガを、よろしくお願いします」


 


その言葉は、まるで嫁への“ご挨拶”のようで――


ミコトは驚いて、言葉を失った。


 


「そ、そんな……わたしは、まだ……!」


 


「ふふ、大丈夫。これは“お願い”よ。あなたなら、あの子の孤独を、きっと分かってくれると思ったの」


 


ミコトは、胸に手を当てて、そっとうなずく。


 


王妃は、やさしくほほえんだ。


 


「ありがとう。……そして、あなたは、私たちの命を救ってくれた恩人。

私は、あなたの幸せを心から願っているのよ」


 


カップの中の紅茶が、わずかに揺れた。


風が吹いた。


けれどその時間は、とてもあたたかく、静かだった。


 


 


――ミコトはまだ知らなかった。

その日、王妃の願いが“祝福”であり、“決意”だったことを。


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