眠れぬ夜と、ぬくもりと
その夜――
レイガの部屋の扉が、控えの騎士によってノックされた。
「……レイガ様、ミコト様が……会いたいと」
「……ミコトが?」
思わず聞き返す声が震える。
いままで彼女のほうから、自分を訪ねてくることなど一度もなかった。
その言葉だけで、胸がざわつく。
(なにかあったのか?)
急いで立ち上がり、扉へ向かおうとした――そのとき。
「……ん?」
手をかける前に、扉の向こうに、気配を感じた。
そっと開くと、そこにいたのは。
「……ミコト」
彼女が、廊下にぽつんと立っていた。
抱きしめているのは、自分の枕。
その表情は、どこか戸惑いと寂しさが混じっている。
「……なんか、わかんないんだけど……」
ミコトがぽつりとこぼす。
「……レイガに、会いたくなったの」
胸の奥が、やわらかく、痛くなる。
「……そっか」
レイガはそっと笑って、扉を開けて横に立つ。
そして騎士を下がらせた
「……入れよ」
ミコトは、小さくうなずいて、枕を抱いたまま彼の部屋へと歩いていった。
その背中を見送りながら、レイガの心にはひとつの思いが浮かんでいた。
(……理由なんか、いらない)
ただ、彼女がここにいてくれる。
それだけで、なぜか――胸の空白が、少し埋まる気がした。
ミコトがそっと部屋に入る。
レイガは少しだけ気恥ずかしそうに頭をかいた。
「……ごめんな。今日はもう、メイドも下げてある。
だから……お茶とか、出せねぇぞ?」
「ううん。いいの」
ミコトは微笑んで、ぎゅっと枕を抱いたまま、そろそろとソファに腰を下ろした。
レイガは向かいに座ろうとしかけて、けれど少し迷って――
隣に座る。
静寂。
けれど、それは不思議と居心地の悪いものではなかった。
「……なんか、さ」
ミコトがぽつりとつぶやく。
「ずっと一人でいた時間が、すごく長かったから……
こうして“誰かの部屋”にいるのが、ちょっと新鮮」
「……俺の部屋でいいのか?」
レイガがぼそっと聞くと、
ミコトは小さくうなずいた。
「うん。……なんか、わかんないけど安心する。変かな?」
レイガの喉が、ごくりと鳴る。
言葉が出ない。
けれど、胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。
「…あのさ…ここで……寝ちゃダメ?1人で寝るのなんか怖くて」
ミコトが、ぽつりと尋ねた。
レイガの心臓が、派手に跳ねた音が、自分にだけ聞こえた気がした。
「……ベッド、使え。俺はソファで寝るから」
「…え…やだ。レイガのベッドなんでしょ? 私がソファで寝る。それが駄目なら一緒に……」
「なっ……!?」
レイガの耳が一瞬で真っ赤になる。
ミコトはくすりと笑った。
「ごめんね、冗談だよ。……でも、ちょっと嬉しいな。そうやって考えてくれるの」
その言葉に、レイガはしばらく口を開けたままフリーズしたあと――
「……もう、好きにしろ」
とだけ、ぼそっと呟いて視線をそらした。
部屋の中に、ゆっくりと夜の気配が満ちていく。
けれどその夜、ミコトはソファでレイガに寄りかかり安らかに眠り、レイガは……全く眠れなかった。
(……可愛すぎだろ……)
枕を抱いて眠る彼女の寝顔を横目に見ながら、
レイガは一人、悶絶していた。