あの日と同じ手のひらで
白い寝台の上に、王妃が横たわっていた。
痩せ細った頬に、色はなく、呼吸は浅い。
その隣に、小さな体が寄り添っている。
ぐったりと眠る幼い王子。肌は青白く、胸の上下が不安定だ。
少女は静かにその場に立ち、二人を見下ろしていた。
その目に、怒りも、悲しみも、もう宿っていなかった。
あるのは、ただ――
祈りのような、沈黙。
後ろでは王と侍医たちが固唾を飲んで見守っている。
けれど少女は、気にも留めず、
まっすぐに歩み寄り、王妃のそばに膝をついた。
「……ひどいね。
どうして、こんなになるまで放っておいたの?」
王は答えられない。
だが少女は続ける。
「人は、壊れる前に癒さなきゃいけないのに」
少女は、そっと王妃の手を取った。
その手は冷たく、かすかに震えていた。
「お父さんも、こんなふうだったな……」
ぽつりと、懐かしい言葉がこぼれる。
目を閉じ、深く、静かに呼吸する。
――手のひらが、淡く光る。
部屋の空気が震えた。
少女の掌から溢れた光は、まるで春の風のように優しく、
王妃の体を包み込んでいく。
侍医が息を呑む。
王が目を見開く。
誰もが、ただ見つめるしかできなかった。
その光は、王妃の胸へ、喉へ、額へ――
命の芯へ、そっと届いた。
やがて、王妃が微かに息をついた。
かすれた音で、うめくように声を出す。
「……あたたかい……」
その手が、少女の手を弱々しく握り返す。
「誰……あなたは……?」
少女は、ほほ笑まなかった。
ただ一言だけを、返す。
「癒しのために、罪を背負わされた女です」
王妃の目に、涙が浮かんだ。
それを見届けるように、少女は、次に王子の方へ向き直る。
小さな命。
あまりに儚く、あまりに静かで。
「私の願いは、“死ぬこと”だったのに。
それでも、こうやってまた、命に触れようとしてる。
……やっぱり私は、馬鹿だなぁ」
そう呟くと、少女は王子の額に手をかざした。
再び、光が灯る。
今度は、さっきよりもずっと強い。
全身が痛む。体が重い。
けれど、やめる気はなかった。
「……だって、あのときも。
あの子を癒したときも、
このくらい、苦しかったから」
――それは、あの日と同じ手のひら。
大切な人を救うために、命の一部を差し出した少女の“原点”。
王子が、咳き込むようにして息を吐く。
その小さな瞳が、かすかに開かれる。
「……まま……?」
王が泣いた。
侍医がひざから崩れ落ちた。
静寂の中、少女だけが、その光景を受け止めていた。
「……これで、救ったよ。
あのときと、同じように」
少女は立ち上がる。
顔色は悪く、指先が震えている。
それでも、立っていた。
かつて、封印される前と同じように。
「王よ。あなたの願いは叶った。
では、次は……私の願いを、聞いてくれますか?」
国王は泣きながら、頭を下げた。
「なんなりと……あなたに背いたこの国に、できることならば」
少女は、そっと目を伏せた。
そして、こう言った。
「私の願いは、
この国から“癒しの資格”という言葉を、
二度と消えないように、焼き捨てることです」
その声は、静かで、深く、
そして、どこまでも“生きている者”の声だった。