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二千年越しのラブレター

ドタドタドタ――

足音を鳴らして、広い蔵書室を駆けてくる影。


 


「ミコト!!」


 


レイガが駆け寄ってきた。


膝をつき、肩で息をしながら彼女の顔を覗き込む。


 


「……報告を受けた。

どうした!? 誰かにやられたのか!?

それとも――どこか、痛いのか?」


 


ミコトは小さく、首を横に振った。


涙で濡れた瞳が、レイガを映す。


 


その胸には、古びた革張りの手記がぎゅっと抱きしめられていた。


 


「……それ……なんか書いてあったのか?」


 


レイガの視線が、彼女の腕の中にある本へと向かう。


手を伸ばしかけ――けれど。


 


「っ……!」


 


ミコトは、咄嗟に手帳を引き寄せた。


絶対に誰にも渡さない、というように――ぎゅうっと、胸に押し当てる。


 


「……見せたくないのか?」


 


ミコトは黙ってうなずいた。

その顔には、怒りも恨みもない。ただ、壊れそうなほど儚い表情。


 


レイガは、一瞬だけ手を止めて、静かに膝をついたまま彼女を見守る。


何も言わないその姿に、かすかに胸がざわついた。


 


(……なんでだ。

この感情……この、痛み。

まるで――)


 


けれど思い出せない。


その名前も、あの日も、すべては霧の向こう側。


ただひとつ、確かなのは。


 


「……泣くなよ、ミコト。

……泣いてるお前を見ると、俺の心がぐちゃぐちゃになる」


 


その声は、どこか震えていた。


ミコトはまた、声もなく泣いた。


 


そしてレイガは、ただ静かに、隣にいた。

レイガの視線が、ミコトの胸に抱かれた革張りの手帳に落ちる。


 


「……それ、なんか書いてあったのか?」


 


ミコトは唇をかすかに震わせながら、ぽつりと呟いた。


 


「……二千年前の、ラブレター」


 


「……え?」


 


思わず聞き返したレイガに、ミコトは目をそらす。


 


「……私を見てくれた人の、記録だったの。

……優しくて、怒ってて、でもまっすぐな人」


 


革の手帳をぎゅっと胸に押し当てて、声が震える。


 


「……あの人、ずっと……

私のこと、忘れなかったんだって……」


 


レイガは何も言えずに、ただミコトを見つめた。


その中で、胸の奥がズキン、と鈍く痛む。


理由なんて、わからない。

でも――


 


(……なんだ、これ)


 


思い出せないはずの何かが、鼓動の隙間に混ざっている。


それはたぶん、“羨望”とか“後悔”とか――名前のない痛み。


 


「……お前のこと、

そんなふうに思ってたやつが、いたのか」


 


そう絞り出すレイガの声が、かすかに滲んでいた。

レイガはゆっくりと視線を落とす。

彼女はまだ、手帳をぎゅっと抱きしめたままだった。


 


「……知らなかったんだ。そんな気持ち」


 


ポツリと、こぼれるように言ったその言葉が、


蔵書室の静寂に、深く沈んでいった。


 


レイガの胸の奥が、またズキンと痛んだ。


わからない。

でも、何か大事なものを――

取り返しのつかない何かを、置いてきた気がする。


 


「……そうか」


 


たったそれだけを返すのが、やっとだった。


そして――


 


レイガの手が、無意識にミコトの頭に触れる。


指先が震えていた。


 


「お前が泣いてた理由……わかった気がする」


 


それは、“誰かの恋”を見届けた者の声だった。


けれど、その胸の中には、確かに――


理由のない痛みが、残っていた。


 

そして、不意に問いがこぼれる。


 


「……勝てるかな? その人に。俺は」


 


「……え?」


 


顔を上げたミコトが、戸惑いを浮かべたその瞬間――


 


「いや……ちげぇ。負けたくねぇってだけだ」


 


レイガは顔をそらしながらも、はっきりと言った。


 


「……俺の気持ちも、負けねぇから」


 


一瞬、ミコトの瞳が大きく見開かれる。


そして、頬がじわりと赤く染まった。


 


「な……なにそれ……」


 


「言っただろ? 今度は、俺が守るって。……本気だからな」


 


その声に、ミコトの胸が――ドクンと鳴った。

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