表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/71

初恋の名を、君に

王宮・西棟の医務室。

白いカーテンがゆらゆらと揺れている。

ベッドに座るミコトの体には、もはや傷はない。だが、その瞳には少しだけ倦怠の色が滲んでいた。


 


「……もう、痛くもないの。お願い、別邸に戻りたい」


 


何度目かのその訴えを、レイガは無言で聞いていた。

その腕には分厚い資料が抱えられ、部下の報告も山積みになっていたが――


 


ミコトの言葉だけには、即座に返した。


 


「……却下だ」


 


「っ、どうして。もう大丈夫だって、診療師も……!」


 


「“もう大丈夫”の基準は、俺が決める」


 


レイガの声は冷たく、しかしどこか焦燥を滲ませていた。

その視線には、あの日の惨状が今も焼きついているのだろう。


 


「お前をまたあんな目に遭わせるくらいなら、国ごと潰したほうがマシだ」


 


「っ……」


 


ミコトは言葉を失った。


 


「……ここには、日々、護衛が十人以上ついてる。誰かが不用意に近づけば、即刻拘束される。

もう誰も、お前に手出しはできない。それが――“安全”ってやつだ」


 


「でも……!」


 


「帰りたがるな。今は“ここが”お前の家だ」


 


 


その瞳は、まるで鉄のようだった。

どれだけ訴えても、今の彼の決意は揺らがない。


 


「……今度は、絶対に守る。もう、何があっても手放さない」


 


 


***


ミコトは言葉を失いながらも、諦めきれずに王宮内をふらふらと歩き――

その足は、自然と“あの場所”へ向かっていた。



広大な蔵書室。

王家の記録、過去の法律、戦争の記録、そして血統の系譜図。


 


「ここ……面白いかも」


 


最初は気晴らしだった。

でも次第に、ミコトはその知識に引き込まれていった。


 


そして――


ある日、彼女はひとつの巻物に目をとめた。

それは、二百年前の王家の家系図。


 


「……アルファード……?」


 


その名が、そこに刻まれていた。


“第四王子・アルファード”


 


目を見開くミコト。


そして、さらに小さな書棚の一角で、埃をかぶった革張りの手記を見つける。


 


表紙には、誰かの手による古い筆跡。


 


──『また、君に会える未来を願って』


 


ページをめくるミコトの手が震えた。

それは、確かに――アルファードの手によるものだった。


 


(……これ……全部、わたしのために?)

革張りの手記は、思ったよりも分厚かった。

ミコトは慎重にページをめくる。


 


──この国の人たちはおかしい。


 


そんな一文から始まっていた。


 


“なぜ、貴族だの、平民だのと区切る?”

“みんな同じ、人の子なのに。どうして命の重さに差をつけるんだ”


 


真っすぐな筆跡。少年らしい怒りと疑問。


 


ページをめくるごとに、その筆跡は少しずつ変化していく。


 


──今日、とても不思議な子に会った。


“可愛い女の子が来た。癒せるらしい。……ほんとに?”


 


“試すようなことはしたくなかったけど、水をあげてみたら、ありがとうって笑った”


“すごい。ちゃんと話せる。怖がってない。俺のことも、誰のことも”


 


ミコトは息を呑んだ。


 


──それ、あの日のことだ。


初めて王都の屋敷に連れて来られた日。

自分が“道具”として扱われ、怯え、孤独だった日。


その時、たった一人だけ――真正面から声をかけてくれた少年がいた。


 


“名前を聞いた。ミコトっていうんだって”

“あの子、すごく優しい。なんであんなに怖がらないんだろう”


“……かわいい”


 


ミコトの顔がかすかに赤くなる。


思わず目を逸らして、でもまた次のページをめくる。


 


“あの子、癒しすぎると倒れるって言ってた”

“そんなの、許されるわけないだろ”


“だったら、俺が守る。絶対に守り抜いてやる”


 


ページの端に、力強く記された文字。


“お前は、生きてるだけでいい”


 


その一言が、胸の奥でじんわりと熱くなる。


ミコトは本を胸に抱きながら、ぽつりと呟いた。


 


「……あのときの、言葉だ……」




――数年分の記録を読み終えた頃、ミコトはふと、ページの後ろに貼り付けられた一枚の古びた紙に気づいた。


それは、アルファードの最後の手記だった。


 


“君が封じられた、と聞いた。”


“村が燃やされたのも、父が命じたと……。わかっている。きっと僕のことも、恨んでいるだろう。”


 


“あの時、もっと力があれば。”

“あの時、もっと声を上げていれば。”


 


ペンは強く、乱れていた。


 


“君が不死だと知っていたら、僕はどうしていただろう。”

“人を癒して、命を救って、その報いが孤独や死なら――”


“そんな世界、壊してしまいたいと思った。”


 


ミコトの指が、微かに震える。


 


“でも君は、きっと……”


“それでも人を救おうとする。”


 


“だから僕は、残りの人生を君に捧げる。”

“君が帰ってくる未来を信じて。”

"君が出てきた時、恥じる国じゃないことを"


“どうか、この記録が、君に届きますように。”


 


“――君は、僕の初恋でした。”


“初めて、僕と同じ思想を持った、たった一人の人間だった。”


 


そして最後に一行だけ、震える筆跡でこう記されていた。


 


“心から愛していました。

君がまた、笑えますように。

そして次こそ僕が君を救うよ”


 


ミコトは、そのページを閉じられなかった。


手帳を抱きしめるように胸に当てて、小さく呟いた。


 


「……なんで……今さら……」


 


ぽた、と静かに、涙が落ちた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ