国が壊れる前に
十字架に吊るされた少女に、石が飛ぶ。
そのたびに、血がにじむ。
それでも彼女は、何一つ言い返さずに、そこにいた。
――そのときだった。
ドン!!!
鈍い音とともに、広場の地面が揺れた。
「……“どけ”っつってんだろうがァアアアアアアア!!!!」
爆音のような怒声が広場に轟いた。
民衆の前に、黒き影が舞い降りる。
騎士団隊長・カナトだった。
剣を引き抜いた音とともに、彼の周囲から空気が変わる。
「……おい、誰だよ」
「誰がこいつを……誰がミコトをこんな目に遭わせたんだよ!!!」
声が怒りで震えている。
拳が血をにじませるほど握られている。
「“神なら全部救え”? “救えなかったから責めていい”?」
「だったら聞くけどよ……!テメェらは誰かを救ったことがあんのかよ!!!」
群衆が、息をのむ。
「人の命ってのはな、使い捨てるもんじゃねぇんだよ……!」
そのとき、ゆっくりと歩み出るもう一人の男の姿。
第一王子・レイガ。
「この国には、“命を守る制度”がある」
「“癒し手”を守るために、正式に制度が発令された。“守護制度”だ」
その声は冷たく鋭く、民衆の心を刺し貫く。
「知っていたはずだ。制度を、王命を、癒し手の尊さを」
「それでもなお、お前たちは“理解できない”と開き直り、暴力に走った」
「民の怒り……? そんなものは“暴力の免罪符”にはならない」
レイガの瞳が、十字架に向けられた。
吊るされていたミコトを見て――声を震わせる。
「……これは、“国の恥”だ」
「一人の少女を、国が、民が、こんな形で傷つけた――」
「これが“正義”の国か? “命を守る”国か!? そう言えるのか!?」
誰も、言い返せなかった。
レイガが命じる。
「騎士団、癒し手・ミコトの解放を最優先とせよ」
「反逆の意思ある者は、問答無用で拘束せよ」
カナトが剣を突き立てるように叫ぶ。
「ミコトは――お前らみてぇな連中のために、命削ってたんだよ!!」
「それを石で返すってんなら、今すぐ来い! 代わりに俺がぶっ潰してやる!!!」
広場に、言葉はもうなかった。
あるのは、ただ騎士たちの剣と、国の意思――
***
ミコトは縄を解かれ、カナトの腕に抱き上げられた。
血で濡れた頬に、ぽとりと、ひとしずく――
カナトの涙が落ちる。
「ミコト……っ、バカ……!」
「よく、生きてた……!」
レイガもまた、騎士たちの間から静かに見守っていた。
その背筋には、もう迷いはなかった。
(……守ってみせる。今度こそ)