命を守る盾(シールド)
王宮の玉座の間。冷たい石の床を踏みしめて、レイガはまっすぐ王の前へ進んだ。
「“守護制度”の即時発令を、正式に要請します」
堂々としたその声が、広間に響いた。
周囲の重臣たちがざわめく。制度自体は毒事件で王の署名により制定されていた。
だが、“発令”――つまり、実際の運用開始には至っていなかったのだ。
「癒し手の命が、今、脅かされています。制度を“紙の上の理想”で終わらせるのか。それとも、“命を守る盾”として機能させるのか」
老貴族のひとりが口を開く。
「しかし、守護者の人選、予算、人材の訓練――いまだ不確定要素が多すぎる!」
「時間がないんです!」
レイガの声が、鋼のように響く。
「現場では、制度が動いていないせいで、癒し手が追い詰められています。癒し手保護局の設立も、法整備も必要だ。だが、それらを待っていたら、彼女は壊れる。命が尽きるんです」
一瞬の沈黙のあと、王が口を開いた。
「――レイガ。お前の言う“守護者”は、誰を想定している?」
「騎士団隊長・カナト。彼が“第一の盾”となるべき人間です。又元騎士団隊長シオンもいます」
王はゆっくりと頷いた。
「よかろう。“守護制度”、本日をもって正式に発令とする」
「……感謝します、父上」
***
その頃――別邸では。
ミコトは、もう立っていられなかった。
椅子にもたれかかり、蒼白な顔で、最後の癒しを終えたところだった。
「ミコト……!」
フキが背を支えようと近づいた時だった。
「――おい、姫さん!」
門の方で、叫び声が上がる。
「噂で聞いたけどよ、癒し手って死なねぇんだろ?なら、早く治せや!」
「順番なんか待ってらんねぇよ! こっちは家族が死にそうなんだ!」
荒れた声。怒り、悲しみ、絶望が混じった人間の叫びだった。
シオンが門を閉じようとするが、そこへ人が押し寄せる。
「待ってください! お願いします!」「俺の子供が……!」
門の外で、押し合いへし合いが始まった。
その時――
「そこまでだ!!」
怒号が響く。
門の前に、騎士団の隊列が現れた。
先頭に立つのは、カナト。
「癒し手に手を出すな。今この瞬間より――彼女は、国家により守られた存在だ!」
人々は一瞬たじろぐ。
「王令が発令された。“守護制度”に基づき、癒し手ミコトはこの俺が守る。“命を選ぶ”のは彼女じゃねぇ。国が背負うんだよ!」
フキの背で、ミコトがゆっくりと顔を上げる。
「……カナト……?」
彼は、振り返らずに言った。
「お前は、ただ命に向き合え。俺は――その背中を、守り抜くから」
***
その夜。
王宮の広間では、王令が読み上げられた。
「癒し手守護制度、発令。本日より、癒し手の身辺には守護者を一名以上常駐させ、王族の命令がない限り、その任を解かぬものとする」
それは、ただの法律ではなかった。
“命を守るための、国の決意”。
そしてその最前線に、立った者の名は――
「……守護騎士、カナト。正式任命、おめでとう」
レイガの声に、カナトはまっすぐ頭を下げた。
「……俺に守れないものはないってところ、見せてやりますよ」
──次回、「あの日、背中を守ってくれた人」
ミコトの記憶にある、幼い日の“お兄ちゃん”の姿。
守護者として生きる彼の誓いが、過去と現在をつなぎはじめる――。