癒し手を守るということ
王宮・政務殿――
窓の外では雨が降り始めていた。空は鉛色に染まり、時折、雷の音が遠くから響いてくる。
「……“癒し手の命を守る”ための法が、逆に命を奪う結果になっているとはな」
レイガは、机の上に報告書を広げたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「カナト、すぐにこちらへ戻れ。今度は、お前と“共に戦う”番だ」
その言葉は、王子としての命令ではなかった。
一人の男として――“彼女を守りたい”という、願いだった。
***
数日後。王宮に、異例の招集がかかった。
主要貴族と評議員、騎士団上層、法務官。王直属の政務官たちも集う中で、静かに扉が開く。
現れたのは、第一王子・レイガ。
その背後には、騎士団隊長・カナト。
そして――フキと、ミコトの姿もあった。
「この国は、“癒し手”を守ると謳いながら、その命を国民に差し出させている」
レイガの言葉に、ざわめきが広がる。
「私たちは勘違いしていた。癒し手が“民を癒す存在”である前に、まずはひとりの“命”であるということを――」
そのとき、ひとりの貴族が立ち上がった。
「王子殿下、それでは誰が癒しを受けられるというのですか? “選ぶ”のですか? 癒す者が、命の価値を?」
レイガは、静かにその言葉を受け止めた。
「ならば、私が選ぶ」
場内がどよめいた。
「癒し手に命の重さを背負わせるな。それを背負うのは、我々“国”の役目だ」
言い切ったレイガの横で、カナトが口を開いた。
「……制度を変えるなら、俺たちも変わらなきゃならねぇ」
「癒し手の“盾”になる覚悟がある奴だけ、守護者になればいい。命令だから守るんじゃねぇ。命が、そこにあるから守るんだ」
彼の声は、まっすぐだった。
フキが、ミコトの肩にそっと手を置く。
ミコトは、レイガとカナトの背を見つめながら、かすかに、うなずいた。
王宮に、新たな風が吹き始めていた。
それは、“誰が命を選ぶのか”という問いに対する――この国なりの、答えだった。
──次回、「命を守る盾」
カナトの決意と、レイガの改革が動き出す。