癒しの光、選ばれる命
門の外には、今日も人がいた。
昨日よりも列は伸び、泣き声、怒号、嘆願が入り混じる。
「お願いです!うちの子だけでも……!」
「順番なんて……もう関係ないだろ!?」
「このままじゃ、死んじまうんだよ……!」
癒してほしい。助けてほしい。
それは、正しい願いのはずだった。
だが、すべてを救うには――あまりに、数が多すぎた。
「ミコト……もう、限界だよ」
フキが、そっと声をかける。
ミコトの顔は蒼白で、唇がかすかに震えていた。
癒しを使えば使うほど、体の奥が冷えていく。
心がすり減っていくのが、わかる。
それでも、ミコトは手を止めようとしなかった。
「……まだ、やれる」
「だめだよ、無理したら、あんたが壊れちまう」
その言葉に、ミコトは静かに目を伏せた。
「“選ぶ”のが怖いんです」
「……ああ」
フキは、優しく頷いた。
「でもね、ミコト。命ってのは、残酷だけど“限り”がある。あんたの命も、ひとつきりなんだよ」
そのときだった。
「おーい! ただいまーー!!」
門の向こうから、騎馬の音とともに、いつもの大声が聞こえた。
「カナト……!」
走ってきたのは、任務から戻ったカナトだった。
目を丸くして、人の列を見て立ち尽くす。
「……なにこれ!? イベント!? なんでここ、王宮みたいになってんの!?」
「……お帰りなさい、カナト」
ミコトのかすかな声に、彼はぴくりと眉を上げた。
そして彼女の顔を見るなり、青ざめた。
「……おい、何やってんだよ。顔、真っ白じゃねぇか!」
「……癒しを使ってました」
「使ってました、じゃねぇよ!」
カナトはすぐさまフキに振り向いた。
「なんで止めねぇんだよ!?」
「止めても、やるんだよ、あの子は」
「……っ」
カナトはしばし黙り――
ミコトの手を、ぎゅっと握った。
「じゃあ、俺が守る。お前が“選んだ命”を、俺が責任持って背負う」
ミコトの目が、大きく見開かれる。
「……カナト?」
「俺は……騎士団の隊長だろ? “民を守る”のが、俺の仕事だ」
「けど、全部は救えない。だったらせめて、“お前”だけは守らせろよ」
それは、彼なりの誓いだった。
どれだけ罵倒されても、命を奪われても構わない。
けれど――
癒し手が、壊れるのだけは、絶対に見たくない。
そして、その夜。
王宮では、一通の報告書がレイガのもとに届いていた。
「別邸に、貧民が群れている……?」
静かに呟いたレイガは、手元の紙を見つめながら目を細める。
「……制度の歪みが、ここまで表に出たか」
癒し手保護法――
それは“癒し手の命を守る”ための制度。
だが今、誰よりも癒し手を傷つけているのは、その制度自身だった。
「……そろそろ、動く時だな」
レイガは、椅子から立ち上がった。
民のために、癒し手のために。
いや――ミコトのために。
──次回、「誰が命を選ぶのか」
始まる王宮編、レイガの覚悟とカナトの戦い。
嵐の中で、ミコトはどんな選択をするのか。