表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/71

還る場所

王宮からの帰路。


カナトが「寄りたいところがある」と言ったミコトの言葉に、眉をひそめた。


 


「……」


 


「どうしても……かつての私の故郷に行きたいの」


 


その瞳は、覚悟を秘めていた。

もう、何度も夢で見ていた場所。

全てを失った、あの“村”へ。


 


 


***


 


 


王都から2時間ほど離れた場所。

森を抜けた先、ミコトは目を見開いた。


 


「……」


 


そこに、かつて“村”と呼ばれたものは、もう何一つ残っていなかった。


 


あの家も、あの柿の木も。

弟がよく遊んでいた小川も、母の畑も。

全ては燃え、時を経て、深い森に覆われていた。


 


「……こんなに、何もなくなっちゃうんだね」


 


ポツリと呟いたミコトの足元を、風が撫でる。


木々のざわめきだけが、返事のように揺れていた。


 


カナトは、少し後ろで静かに見守っていた。

何も言わずに。


 


 


森の奥へ、ミコトはゆっくりと歩く。


足が、自然とそこを目指していた。


 


……そして。


 


奥の奥。


もう誰の足も踏み入れていないような茂みを抜けたその先に、それはあった。


 


一本の、古びた慰霊碑。


静かに、けれど確かにそこに立っていた。


 


 


「……誰が……こんなのを……」


 


ミコトは膝をつき、震える指で慰霊碑をなぞった。

そこには、名前がひとつだけ――


 


 


**「アルファード」**と、刻まれていた。


 


 


「……うそ、でしょう」


 


声が、かすれる。


ミコトはその名を、夢でも何度も呼んでいた。

王都に連れてこられたあの日。

すべてを失ったあの時、唯一寄り添ってくれた――


 


「……どうして、あなたが……」


 


慰霊碑の前で、ミコトはそっと手を合わせた。


 


「私、今でも思い出すの。あなたがくれた水。あなたが言ってくれた言葉」


 


“お前は、生きてるだけでいい”


 


「……あれが、あの日の私を、救ったのよ」


 


 


涙が頬を伝う。


けれど、ミコトの顔には、わずかに微笑みが浮かんでいた。


 


「ねぇ、アルファード……私、今、生きてるよ。ちゃんと、誰かを救えるようになったの。……ちゃんと、力を“使える”ようになったのよ」


 


風が、木々を揺らす。

まるで、その声に応えるように――




「……この慰霊碑、誰が建てたんだろうな」


 


背後から聞こえたカナトの声に、ミコトはゆっくりと振り返った。


 


「……アルファード。あの子が、建てたの」


 


「……え?」


 


カナトの眉が動く。


 


ミコトは、慰霊碑をそっと撫でながら続けた。


 


「私が王都に連れてこられた後……毎日泣いてばかりいた。怖くて、悲しくて、悔しくて……誰も私を人として見てくれなかった」


 


「……」


 


「そんな時に、声をかけてくれたのが、アルファードだったの」


 


風が、木々の葉を揺らす。


 


「貴族か、もしかしたら王族の子だったと思う。けれど、あの子だけは“癒し手”じゃなくて、“ミコト”として見てくれた」


 


ミコトの瞳が、遠い記憶を辿るように細められる。


 


「“命に貴賤なんてない。君が殺されるなら、僕は黙っていない”って、真っ直ぐに言ってくれたの。村の人たちを殺すことにも、私を封じることにも、最後まで異議を唱えて……それでも、どうにもならなかった」


 


 


少し間を置いて、ミコトは微笑む。


 


「私が封じられる前に、彼は言ってくれたの。“君がいなくなっても、僕は忘れない。せめて……僕には、これくらいしかできないから”って」


 


ミコトが見つめる先――その慰霊碑。


 


「この碑は、あの子が建てたの。私の代わりに、村の命を弔ってくれた。誰にも見つからないように、森の奥に」


 


 


カナトは、ゆっくりと慰霊碑のそばに歩み寄った。


そして、そっと頭を垂れる。


 


「……そんな人が、いたんだな」


 


「うん。王都での“たった一人の友達”だった」


 


ミコトの声は穏やかだったが、そこには深い想いが込められていた。


 


 


「なぁ、ミコト」


 


カナトが顔を上げ、真っ直ぐにミコトを見る。


 


「そいつのこと、今のお前が覚えてる限り……ずっと伝えてやれよ。ここに来るたびに、何度でも」


 


「……」


 


「俺にはわかんねーけどさ。でも、きっと――お前にとって、そいつは、生きてるんだろ?」


 


 


その言葉に、ミコトはふっと笑った。


 


「……うん。生きてる。今も、ずっと」


 


風が慰霊碑を撫でるように吹き抜け、木々が小さく揺れた。


 


ミコトはもう一度、静かに手を合わせる。


 


「ありがとう、アルファード……ずっと、忘れないよ」


 


その想いが、風に乗って空へと舞い上がっていった。






夜――

ミコトとカナトが慰霊碑から帰ってくると、

玄関先に、馬を繋いだ使者と護衛数名。


そして、その中心に立っていたのは――


 


「……遅かったな。ミコト」


 


──レイガだった。


「え……どうして、ここに……」



「明日からしばらく会えそうにないからな。……だから、どうしても今日、お前の顔を見ておきたかった」



彼の目がまっすぐミコトに向けられたかと思えば、すぐにその表情が曇る。


 


「……目が赤いじゃないか。泣いたのか? カナト、お前、ミコトに何を――」


 


「いやいやいや、俺は潔白っすよ?」

カナトが両手を挙げてひらひらと振る。

その顔には、まるで言い訳する気ゼロの余裕の笑み。


 


「泣かせたのは俺じゃなくて、“アルファード”さんなんで」


 


「……誰だ、それは」


 


レイガの眉がぴくりと跳ね上がる。


 


「んー……あっっっぶな!」


カナトはわざとらしく口元を押さえ、にやっと笑う。


 


「ついポロッと出ちゃったけど……それ、“二人だけの秘密”だったわー。ね?ミコトさん?」


 


ミコト:「……もう、からかわないで」


 


「はぐらかすな。誰だ、その“アルファード”ってのは」


レイガが一歩踏み出す。口調は冷静を保っているが、その声には焦りが滲んでいた。


 


カナトは肩をすくめて、ひょいっと壁に寄りかかる。


 


「……王都での“たった一人の友達”だってさ。ミコトが封じられる前、ずっと支えてくれてたって。ま、詳しくは言えないけど、相当大事な奴だったらしいよ」


 


「“だった”……?」


 


「うん。今はもう、いない。――けど、今でもミコトの中じゃ、生きてるらしいからさ」


 


その言葉に、レイガが言葉を失う。


カナトは、その沈黙すら煽るように、軽く口笛を吹いた。


 


「……ま、そういう人って、いるよな。誰にでも一人くらいさ。心の奥に残ってる人が」


 


その声の裏に、微かな挑発の色。


 


そして、


「お前は、それでいいのか? レイガ」


とでも言いたげな視線が、ちらりと送られた。


 


 


ミコト:「ふたりとも……お願いだから、喧嘩はやめて?」


 


そう言いながら、ミコトは微笑む。


でもその目には、どこか遠くを見つめるような、静かな光があった。


 


“たった一人の友”への想い。


そして、今を共にする者たちへの感謝。


 


――誰かを思う気持ちは、時を超えて、確かに心に灯り続けるのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ